須賀しのぶ『革命前夜』あらすじと感想
あらすじ
「音楽だけが世界語であり翻訳される必要がない。そこにおいては魂が魂に働きかける」とはバッハの言葉だったか。魂を揺さぶる音楽とは、演奏者の魂が込められた音楽であるということだろう。
本書は、自分の魂の形、自分だけの音を求め東ドイツに留学した若きピアニストの話である。ベルリンの壁崩壊直前の動乱の渦中にある東ドイツ社会は、そんな主人公に音楽以外のことでも容赦なく試練を与えていく。
感想
小心者で傷つきやすいが反骨精神あふれる主人公が少しずつ前に進む姿勢は好感を持てる。
天才や秀才だらけの留学生をはじめ、疑心暗鬼がはびこる密告社会で生きる人たちの人生や葛藤に触れ、少しずつ自分の魂の形と音を手探りで探す。だが、答えにたどり着けたと思えば、砂上の楼閣のごとく崩れ去る。
障害にさらされ、ようやく光が見えたと思えばさらに底の見えない闇の底に叩き落されてしまう。心が強いわけでも明確なビジョンもあるわけでもないが、天邪鬼じみた反骨精神を頼りにピアノと精神を少しずつ鍛造していく。
多少物騒な名言ではあるが、異なる価値観、異なる思想、異なる歴史に容赦なくさらされ、自分を見つめ直していく主人公の姿を見ると言葉の重みを感じられる。
兵役について振り返るヴァイオリニストの「自分の人生で何が大切なのかを知るには極限状態に身を置くのも悪くない」との言には、今までの人生経験からも納得せざるを得なかった。削ぎ落とした末に残った大切な要素が分かったあとの人生はシンプルで生きやすい。
文字から音が聴こえてくるような音楽描写をはじめ、意表を突く描写や精緻な人間描写、ミステリー要素が最後まで怒涛のごとく流れ飽きることなく楽しめた。作中に登場する名曲を聞きながら読むとまた一つ違った味わいも楽しめる。
本筋とは全く関係ないが主人公が鉛筆削りに使っていた肥後守というナイフ、キャンプに便利そうだったので購入。昔は定番アイテムだったそう。