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竜とそばかすの姫を観て、想ったこと

竜とそばかすの姫を観に行った。

観て、想ったことを取り留めも無く書きます。

おそらくネタバレ的なことも書いてしまうとおもうので、まだ観てなくて、これから観に行く予定の人は読まない方がいいです。。。観に行った後に、ぜひまた読みに来て欲しいです。

あ、観に行こうかどうしようか、迷っている人。
迷っているなら、ぜひ観に行って下さい♪
そして、またここに来て下さい。


結論から言うと、観に行って良かったです。ホント良かった。
この映像と音は、絶対に映画館でどっぷりと浸るべき。
時間があれば、オイラもまた観に行きたいと思ってる。

この作品の、話題になるポイントは大きく2つあると思っていて。
1つ目は、画と音楽。
2つ目は、内容・ストーリー。

1つ目の画と音楽は、文句無しに最高。
メインテーマにのせて、劇中に登場する仮想空間U(ユー)について説明する場面から物語が始まるのだけども、オイラ的にはこのアバンタイトル部分だけでもう感動の半泣き。
いかにも細田守監督によるものとわかるソリッドでパステルな色遣いによる仮想空間映像と、King Gnuとしても活動されている常田大希さんが主宰する音楽プロジェクトmillennium paradeによる音と、中村佳穂さんの歌。至高の組み合わせ。

サマーウォーズもそうだったけど、細田守監督作品の画は、自然に囲まれた田舎の風景や、素朴な学生・おばちゃん・おばあちゃんといった人々の描写が上手いと思わせつつ、尖った仮想空間の表現も見惚れてしまうほど繊細で美しい。

音楽については、millennium paradeの出番は実はオープニングシーンのみで、その後の劇中は中村佳穂さんの歌声に心奪われます。

恥ずかしながら、中村佳穂さんの事はこの”竜とそばかすの姫”と出会うまでは存じ上げなかったのだけど、なかなかエモーショナルな歌い手さんで、巷では矢野顕子さんを思い浮かべる、という方が少なくないようだ。オイラも、矢野顕子さんと綾戸智恵さんのことが脳裏に浮かんだ。ここに挙げた3人の方々の歌声には表情がある気がする。上手く説明できないけども、歌声に笑みや悲しみ、怒りなどがにじんでいて、表現されているような気がする。そんな風に感じる。

あと、思ったのが、中村佳穂さんの歌声は、矢野顕子さんや綾戸智恵さんほどクセが強くないかな?ということ。要は、より、一般受けしそうな歌声だな、と感じました。いつか中村佳穂さんのライブに行って、そのパフォーマンスを生で観たい!


次に、2つ目の、内容・ストーリーについて。

そもそもこの作品はそのビジュアル通り、”美女と野獣”にインスパイアされていて、「王子/野獣」という、”美女と野獣”では魔女によってもたらされた二重性を、”竜とそばかすの姫”ではインターネット(仮想空間)の利用によりもたらされる「オリジン/As(アズ)」という二重性に置き換えて、物語が構築されていく。

“美女と野獣”では、魔女によって強制的に野獣の姿にされてしまったため、王子は元の姿に戻ることを望んだ。
”竜とそばかすの姫”のU(ユー)においては、自らの意志でAs(アズ)となって参加している空間なので、そこで、現実の自身の姿であるオリジンを晒したいというユーザーは基本、いない。むしろ、ジャスティンとかいう、自警団のネット番長が、最強兵器と誇示する武器の効力は、相手をアンヴェイル(身バレ)するというもので、つまりU(ユー)の住人にとっては身バレ=破滅と同義なほどの脅威を意味する。

こういった真逆のシチュエーションもあるけれども、根っこで言いたいことは恐らく同じで、
「表面だけで人を判断しない。その奥側に、違った真実があるかもしれない。」
ということと、
「真実にたどり着くことで育まれる、真の愛情がある。」
ということじゃないかと。

ここでいう”真の愛情”とは、“美女と野獣”では異性への愛だろうし、”竜とそばかすの姫”では人間愛を意味しているんじゃないかな、きっと。


仮想空間U(ユー)で起こる様々な出来事は、昨今のSNS環境を風刺しているようにも感じた。
・As(アズ)という匿名キャラの下で(無責任に)発言・行動する住人たち
・自分達が正義だと信じて疑わず、意に反する言動をする者は排除する自警団ジャスティス
・世論を風見鶏的に読んで方針を変えるスポンサー
これらの人々は、竜に対してそうであったように、表面的な言動だけをみて反応する。オリジンが誰なのか、どんな状況にある人物なのかがわからないので、表面のみで判断するしかないのだが、実は何か事情があるかもしれないから判断や発言を保留しよう、とかいう結論には至らない。自らは匿名であることをいいことに、軽い気持ちで強い調子のネガティブな言葉を容赦なくぶつける。
この点、本作品の主人公すず(ベル)は「竜が暴れるのには何か理由がある、オリジンとお話をしてそれが何なのかを確かめねば」という強い想いに突き動かされていく。

今オイラ達が実際に利用しているネット環境の中においても、似たような構図で炎上・叩き・誹謗中傷等といった行為が生まれていると思う。
オイラがこの作品を観て、思いを新たにしたことは、ネット・SNSにおいてネガティブな投稿をしようとする時は、その対象の事案・人物に何かそうせざるを得ない事情・理由があったのではないか、という事を十分に吟味してからじゃないとダメだ、ということ。
もちろん、すずのように当事者と直接コンタクトをとって、事情を確認できればベストなのだけども、ほとんどの場合そこまでするのは難しいかな。。。

この点もそうだけど、この作品は、話の持って行き方に突っ込みポイントが少なからずあって、”いかなる矛盾点も気になって仕方がない”という人には、少しキツいかもしれない。

あと、この作品は仮想空間U(ユー)の中の物語と、現実空間の物語がパラレルに展開するのだが、現実空間の方では四国の自然を丁寧に描写した画の中で、女子高生3人の恋バナが展開され、すずと父親の微妙な関係の空気感がただよい、すずを見守るおばちゃん合唱隊の存在感とかが、手を抜くこと無く描かれていて、こちらにも細田守監督の香りがしっかり漂ってます。

以上、内容・ストーリーとしては、”二重性”を根っこに据えつつ、昨今のSNS事情に似たデジタル的な話と、女子高生を取り巻く人間関係といったアナログ的な話がバランス良くパラレルに展開するという、いかにも細田守監督風味に濃厚に味付けされた感じが、オイラははまりました。


余談だけども、主人公すずの友達にヒロちゃんという女子高生がいて、この子がITに強くて、すずをU(ユー)に誘い、ベルをプロデュースして成功を収めたのだけども、このヒロちゃんの声役を演じていたのが何とYOASOBIのikuraちゃんだった。エンドロールでは”幾田りら”とクレジットされていて映画館ではピンとこなかったのだけども、家に帰ってから気付いた。
幾田りらさんは声優も上手で、気付くまでは専業声優の方がされているとばかり思ってました。

周知の通り、幾田りらさんもかなりの歌い手。昨年の紅白の”夜に駆ける”は圧巻の一言に尽きました。それだけに、中村佳穂さんと幾田りらさんのツインボーカルの歌も、1曲くらい欲しかったなーという気がしました!

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