chapter2. 球形の音速機 Nobさん
Nobさんについて
下田信夫画伯…Nob(ノブ)さんについては『はじめに Nobさんのこと』で一般的な紹介をしましたが、今回のchapter2. では改めて「私たちが知っている外柵のNobさん」を書いてみました。
ご本人も長らく愛称Nobさんを著作等で好んで使われていましたし、知っている人には年長者も若い人にも「Nobさん」の方が通りが良いのでここでもそう呼ばせていただきますね。
知らない人も生きるヒントになるかもしれないし、ならないのかもしれないのですが。
ノンフィクションです。
chapter2. は 2004年頃〜2018年のお話です。
私はその間に引っ越しをしています。
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chapter2. 球形の音速機 Nobさん
Nobさんの歩速は速い。
奇遇にも私の家がたまたま地域の皆さんの散歩コースの中途に丁度位置しているため、Nobさんもよくそこを通った。
丸っこい体で晩年は杖をついて、だが物凄い速さで散歩する。並の元気な人より速い位だ。杖をついたご老体と言われて普通に想像するような感じでは全くない。あの速さは脚のどこかに体重をかけないような工夫でもあったろうか。
だが見た目が丸っこいのと何故速い?という意外性にNobさんが描く絵のイメージもプラスされて、傍から見る人にはその様がややユーモラスに映ってしまう。
逝去後出版された豪華遺作画集のタイトルが『球形の音速機』だったので、Nobさんをよく知る人は皆あの様を思い浮かべて(ピッタリだ…)と思ったに違いない。
歩き方だけでなく考え方もなかなか先進的な御仁であったので、そこもピッタリだ…!と私は思う。
Nobさんは多分(超音速飛行を初めて記録した)イェーガーより速い。
あの頃、いつも家の前を通る杖のリズムでNobさんがそこを行き過ぎるのがわかった。
Nobさん
Nobさんは航空機を得意とするイラストレーターである。
飛行機好きを自認する人たちの間では度々名前の出る有名人で、皆「俺もヒコーキ好きは好きだけど…Nobさんには敵わないけどな!」などと言う。
Nobさんは航空マニアの重鎮だ。
2018年5月、逝去された。
最後の体調悪化は急激だったが、もともと闘病は長かったようだった。だがその間も精力的にイラストを描く仕事をされ、後には6月に予定されていたグループ展覧会の為の描きかけの画稿が遺された。
一時期痩せてしまって、だが当のご本人は「男前を撮っといてもらわなくっちゃ!」などとユーモラスに言っていた。その後元通り(描く絵のような)丸っこさを取り戻したのだが、出版された画集を開くと著者近影はそのスリムな男前の方なのだった。…知っている人から見れば誰それ写真かもしれない。
展覧会の時に仲間に撮ってもらったのだろう。やや痩せてかつ元気に見える丁度良い時を狙ったもので、こちらもつい笑ってしまう。
その豊富な知識と明るく穏やかな人柄は外柵でも皆に愛された。私が直接Nobさんと出会ったのが…こちらで私が初めて航空祭に足を運んでからなので、ご一緒したのは今数えると晩年の13年余りだ。
Nobさんは航空自衛隊入間(いるま)基地外柵によく姿を現した。行こうと思えば西武線に揺られて米軍横田基地にも行きやすい場所だ。若い頃はどちらにもよく通ったに違いない。
車の免許を持たないNobさんは西武線をよく利用したのだろうと思う。
仕事場には資料や過去の作品原稿・画稿が多く残っていたようだった。
もともとNobさんは雑誌に描く仕事が多かったから、書籍化や旧作の再販を望んでいたファンも多い。逝去後Nobさんの奥様の許可を得て年長の仲間たちが中心となりその遺された作品を纏め、画集や作品集の数々が出版されている。
外柵
外柵の紹介をしよう。「外柵(がいさく)」も一般の人にはあまり馴染みがない言葉かもしれないので。
飛行場などはフェンスで囲まれていることが常だから、マニアは必然フェンス際で航空機の離着陸を待つことになる。例えば羽田空港などは展望デッキのフェンスを指すことになるが、やはりフェンス際だ。それで柵の外、「外柵」と言う。
航空マニアと言えばカメラで撮る際にこのフェンスをかわして脚立(きゃたつ)を使う人というイメージが定着しているかもしれない。
が、楽しみ方は人それぞれだ。
模型を嗜む人は資料的な撮り方をするし、撮るだけでなく航空無線を聴くのが主だったり、お目当ての機種の中でも特にレジ番(機番)に注目してコレクション撮りしたり、また私のように音を楽しむという人もたまにはいる。
上空のもっと高い航路を通過する、音しか聴こえないような遠くの飛行機を望遠で狙う人もいる。写真も今はデジタルデータなので後から拡大・コントラスト調整しやすくなり、楽しみ方が更に広がった。
近年はFR24(Flightrader24 フライトトラッカー)等のアプリ上で飛行場上空から世界までの飛行機の動きを見て楽しむこともでき、これは民間機で特に有効だ。
外柵のマナーとしては
・フェンスを傷つけるような行為は禁止
・ごみは各自持ち帰ること
・路上駐車はしないこと
だがシンプルなそれさえ守ればそこに居ることは自由だ。そして通ううちに何となく顔見知りになってしまったりする。
釣り仲間のようなものである。
ヒコーキを見るだけのことだから資格も要らない。必ずしも機材が必要な訳でもない。別に詳しくなくて構わないのだし(だが興味があれば調べたり人に聞いたりしてしまう)老若男女問わないと思う。また実は本当に遠方から来た人に出会うこともある。
入間外柵は数ある飛行場の中でも交通の便が比較的良いので特にかもしれないが(なにしろ周囲を西武各線に囲まれて外柵的には最寄り駅が4つある)、外柵にいる人の層は世間で思われている以上にもの凄く幅広い。
実際この界隈は分野も航空、軍事、宇宙…実はかなり広い。エアラインもミリタリーも人工衛星もグライダー競技も全て外から見れば同じ分野に含むだろう。更に周辺にはそれらを創作の素とするアニメや漫画や脚本や音楽の分野もあるだろう。
そんな訳で外柵にいる人たちは年齢も違えば組織に属している人もフリーランスも、考えも立場的にも人それぞれなわけだが、その皆が皆それぞれで重鎮Nobさんの名を知っている。結果Nobさんという存在が外柵に集まった多種多様な皆を緩やかに繋ぐようなことになる。
そこにはいつも穏やかな雰囲気があった。
Nobさんには敵わない
何故皆が「Nobさんには敵(かな)わない」と言うか…一例を挙げよう。
誰かが「そういえばさ、あれ気になってるんだけど、どこにも載ってないんだよねー。まあ世間的にはどうでもいいことなのかもしれないんだけどさ…」と言うと、「Nobさん知ってるかな?」となる。
すると大抵知っている。しかもここまではNobさんもこうこうこうで調べていて過去にあそこに行った時にこれを見たがここからは分からない。
となると、次に会った時には誰かから話が出てきて分かっている。
そんなことがままある。
これはセンスというものだろう。
まずNobさんはさらりと話す内容が正確だ。情報の信頼性は非常に高い。観察眼がある。調べ魔である。広く人と交流する。
そしてそもそもNobさんは気になるポイントがとても具体的で細かい。
そんなの知ってる?というところをちゃんと知っている。マニアがそこ自分以外気にするかな??と思うようなことをNobさんもちゃんと気になっている。
…これを聞くと知らない人には(こだわりの強いピリピリした人かしら)と思われそうだが、全く違うのだ…。
私は晩年しか直接は知らないのでそれが生来の性格なのかわからないが、博識なのに嫌味を感じさせず明るく穏やかで細やか。(というか嫌味があれば知性のオブラートに包んで粋に変える。その方がクリエイティブで面白いからだ。)知識を常にアップデートし古いことも新しいことも知ろうとする。
ヒコーキが本当に好きな人だ。
だからNobさんはこんなにも信頼され慕われる。その凄さを知らない若い人には、知っている人が代々「Nobさんスゲーんだぞ!知らないの?」と教える程なのだ。
外柵リアルWiki説
外柵にいるとそんな何気ないヒコーキ好きのお喋りの内容が、まるでこれは…
リアルWikipediaシステムと呼んでもいいですか…と私は思ったりもする。
より信頼性の高い蓄積と精度のある歴史ある外柵Wikipedia…。(ネット以前のアナログ時代から更新が続く伝統の知の集積箱だ。)
小さな情報も集積し多人数でアクセス出来ることで誰かの何かになることもあるものだ。世間では普通ならこれはただの浅い噂話の仕上がりにしかならないが、ここではNobさんが存在することで正確性も密度も段違いの仕上がりになる。
Nobさんは皆には「なるべくネットに上げようね!」という考えでよく口に出して言っていたし、ご自身はこれまで長らく出版物でそれと同様のことをやってきた感がある。
歩き方だけでなく考え方も先進的な御仁だと言ったのはこういう理由だ。
時代のその先を行き過ぎたNobさんに世界がようやく追いついたのだと私は思っている。
そういうわけで、Nobさんの知己は幅広い。航空誌に描いていたこともあり、プロ・アマカメラマン、ライター、編集、もちろん普通に周辺住民マニア、親族、隊OB、趣味の模型仲間、そういえば鳥雑誌「BIRDER」にも描いていた。依頼の鳥を描きつつさり気なくオスプレイ機(Osprey…ミサゴの英名。鷹の仲間。)も描き入れていた。お茶目である。…いろいろな人に慕われていた。
亡くなった時には皆が口々にこう言った。
「Nobさん、今年の航空祭はお空の上からだ。特等席だな。」
2018年秋、入間の秋空を伝説の特別塗装機が悠然と飛んだ。
私たちはその空を見上げていた。
Nobさんは悠然と特等席で見ているに違いなかった。
(→chapter3へ続く)
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