実習生教育日記⑩

10週目が終わる今日をもって、残すところ来週1週間となった実習。

ユキちゃんはただ今、来週予定している成果発表のスライドを必死になって作っています。

空いた時間は資料作りと格闘しているため、患者さんへの説明や薬の知識習得など、当初楽しんでやっていた基本の勉強は少しおざなり気味。

忙しいのでしょうがないのですが、どうしても終わりが見えた時点でダレ気味になるのは人間の性なのかもしれません。

百里を征く者は九十里を半ばとす。

物事は仕上げに困難が多いため、百里のうちの九十里(=最後の方)で、まだ半分と思うくらいの気構えを持とう、という意味の故事成語。
要するに最後まで気を抜くな、と言う意味。

成長したなぁと思いつつも、どうか最後まで走り抜いて欲しいところです。

そんなユキちゃんにおあつらえ向きな患者さん対応がありましたので紹介します。

指摘をくれた患者さん

【般】ベポタスチンべシル酸塩錠10mg
1日2回             14日分
【般】ブデソニド・ホルモテロール吸入粉末剤
60吸入用(1日2回 1回2吸入)  1キット

今日も今日とて吸入指導。ベポタスチンはアレルギーのお薬。鼻炎もひどいのかもしれません。

早速説明しようと患者さんの前に屈むユキちゃんにまず一言。

患者さん「どうぞおかけ下さい。私は偉い人でもなんでもないし、同じ人間ですので。同じ目線で話ましょう。」

予想外の言葉に動揺しながらも、直感的に話しやすい人だと感じたのか、(いい意味で)少し砕けた口調で話し始めます。

必死に説明しますが、やはり吸入指導に対する苦手意識が強い様子。説明の流れが上手くいきません。

ひとしきり説明したところで患者さんから一言。

「言わせて貰うけど、最初にどういう薬なのかを説明して欲しい。するともっとわかりやすいと思う。」

患者さんが話してくれたのですが、ご親族に医師がいるそうで、学生や研修医などに当たったら思ったことを言ってやって欲しいと常々言われているそうです。

「ごちゃごちゃ言ってすみません。でも最初は出来ないものじゃないですか。」

そう謝ってくださる患者さん。口調は厳しいものでしたが、ご指摘は明確。

何より患者さんから、こういった形でご指導を頂ける機会というのは滅多にありません。

ユキちゃんもしょげることなく、むしろ嬉しそうな顔でお礼を言っていました。

課題抽出と連想ゲーム

今回の患者さんの例を用いて、ユキちゃんには一つ課題を行って貰いました。内容は以下の通り。

①患者さんから聞いた情報をもとに、思いつくことを書き出してみよう(課題の洗い出し)

②書き出した情報が、患者さんに確認する内容なのか、自分で調べるべき内容か、はたまた医師に確認・相談すべき内容か…分類してみよう。

処方の経緯や患者さんの訴えから、どういう病気なのかを予想したり、今後どのような症状経過を辿るのか、処方はどのようになっていくのかをある程度予想したりします。

患者さんは実は空のお仕事をされていると仰っていました。また、数週間前から来局されていて、最初はベポタスチンだけでした。苦しい時に頓用する吸入薬が出ていたこともありました。

ベポタスチンが出てるなら鼻が出るのかな?とか頓用の吸入薬は使いすぎると動悸や手の震えなどが起きることもあるよね…仕事に差し障りが出るかもしれないね。とか。

空のお仕事だとすると、食事はもしかして規則正しく取れてないかも?すると「食後」とだけ伝えていると服薬できないパターンがあるのでは…といった患者さんの生活背景に至るまで、もはや妄想と言える域まで連想していきます。

もう思いつかないです…と言いながらも少しずつ気づいたことを挙げてみるユキちゃん。とても大事なことに一つ気づいてくれました。

服薬情報提供書(トレーシングレポート)に挑戦

花粉症の薬を飲まれたことのある方なら共感いただけるかもしれませんが、このベポタスチンを含め抗ヒスタミン薬と呼ばれる鼻炎の薬には有名な副作用があります。それが”眠気”です。

だんだん改善されてきていて、眠気がほとんど出ないと言われている薬も出てきていますが、それでも一定数、眠気を訴える患者さんはいます。

また、眠気が出ていないように感じていても無自覚の部分で判断力の低下が起きていることもあります。これをインペアード・パフォーマンス(impaired performance)と呼びます。

ここで、この患者さんは空のお仕事をしている、という情報がありました。

この、インペアードパフォーマンスの懸念があることから、国土交通省の定めたルールの中で、空のお仕事をしている人は、極力これを起こしにくい抗ヒスタミン薬を使いましょう、ということになっています。(もちろん、起きない人もいるので禁止にはなっていない)

今回の患者さんも、眠気の訴えはないですし、現状のままでも問題ないのかもしれません。でも万が一のため、わかった時点で薬を変える必要があるんじゃないかなとやはり思いました。

話が少し逸れますが、薬剤師の仕事の一つにトレーシングレポートという文書作成の仕事があります。

患者から聴取した情報の内、医師に伝えた方がよさそうなこと(患者からの訴えの有無に関わらず)を文書で報告するわけです。

今回の患者さんの件で、ユキちゃんにはこれを作成してもらうことにしました。書く内容や文書の構成に頭を悩ませながらも挑戦してくれました。

あとがき

薬剤師の仕事というと、薬を間違いなく用意する仕事、とか、相互作用などの確認といったイメージで語られることが多いような気がします。

でもそれだけじゃなくて、今回の患者のように、相互作用的に一見何の問題もない処方でも患者の生活にそぐわないものがある場合もあります。

また、併用禁止になっていない組み合わせでも避けた方が良かったり逆にリスクをとってでも併用したり、と状況によって対応の仕方が変わることも多いです。

ユキちゃんはこれまで何人もの患者さん対応をしてきて、なんとなくそれを感じるところまでは来ているようです。

残り1週間でこれができるように…は当然ならないと思いますが、今後彼女が仕事を始めていくときに少しでも思い出すところがあると嬉しいなと思います。


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