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かつて大学生の頃、バンドを組んでロックするのがブームでした。イカ天世代です。ただわたしたちの周囲は、揃いも揃って、当時流行りのボウイ、TMネットワーク、あるいは洋楽ヘヴィメタルではなく、70年代のロックに魅力を感じておりました。なぜか長髪、なぜかベルボトム、なぜか夏でもブーツ。70年代ロックならブーツを履くべきだと考えた私は、アメ横に向かいました。薄い知識で、ウエスタンブーツと言えばトニーラマかフライをキーワードに探します。やや渋好みのわたしにはトニーラマが派手に過ぎ、カウボーイ過ぎ、素晴らしいのだけど、善し悪しの判断がつきません。その隣で目に入ったのがフライでした。シックで、スマートなフォルム、飾り気のない潔さ、これだ、これを履きたいと直覚しました。しかしサイズがありませんでした。1サイズ小さいのです。あるいは2サイズ大きいのです。レザーは履いているうちに延びて足にフィットすると聞いていましたので、明らかにキツいのに、1サイズ小さいフライを衝動的に選びました。万券数枚が飛んでいきました。大学生には大きい数字でした。背伸びして買ったフライは今も私の手元に、は、ありません。レザーは伸びる、それは本当ですが、ソールは伸びません。早い話がずっときついままで、バンドの練習やライブはもちろんのこと、家から駅までの10分すらきついのですから、話になりません。私はアメ横でフライに出会ったとき、このかっこいいフライを履いている自分もかっこいいと思い込み、サイズが合わないという現実を逃げたのです。自分の足には小さいという決定的な現実に目をつぶったのです。これは私にとっても、フライにとっても良い出会いではなかったことになります。私より1サイズ小さい足のオーナーに見初められていれば、フライはメンテナンスを受け、いまなお、オイルで黒々と、その立ち姿を見せていたかも知れません。私の手元にはフライが入っていたかっこいい箱だけが残っています。欲しくてほしくて買ったのに、いつの間にかなくなったモノがあれば、何かのついでに買ったのにいつも引き出しにあって、気づけば常用しているモノもあります。もしも大学生の自分に伝えられるなら、靴選びでもっともないがしろにしていけない要件はサイズである、と今の私なら、その当然過ぎる当然を、ささやくでしょう。

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