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アイスランドの映画監督の愛車がスバルだった話。
かつてミニシアター隆盛の頃には、頻繁に足を運んでいました。渋谷のユーロスペースがもっとものお気に入りで、かかっている映画と、その予告にも、わくわくしたものです。このことから、モノ・マガジン誌で小さな映画紹介コラムを担当しました。タイトルは「アメリカ映画にNO!」。欧州映画を中心にアメリカ制作以外の映画を紹介する切り口でした。80年代からシャルロット・ゲンズブールに恋していたわたしですから、ど真ん中はフランス映画ですが、スペイン、ポルトガル、東欧、オランダ、デンマークなどの単館系新作は大興味。紹介する動機は自分自身が観てみたいという想い、言い換えれば、観たいから紹介するという公私混同です。欧州映画は極めて私小説的。限られたエリアでの限られた人間関係の中で生まれる些細な事件と心模様のよろめき。そうした脚本から映像化された映画作品は、私小説的というより、視小説的と漢字を充てたくなります。同時に、舞台となる町や村、森や自然の映像美にも魅かれるものが大きくあり、まだ見ぬ土地土地の二次元体験を、わたしは欲していたようです。そしていつしか、宣伝のために来日する監督への取材話が舞い込むようになりました。もっとも記憶に残っているのが、アイスランド人のフリドリック・トール・フリドリクソン監督です。紹介作品は1996年作、精霊の島、でした。作品についてひとしきり尋ねたのち、わずか雑談の時間がとれました。わたしは尋ねました。日本は初めてですよか、はい。何かご存じのことはありますか、坂本龍一の音楽は素晴らしい、とさすが映画人らしい、また原稿に活かしやすいコメントをいただきました。ではそろそろというタイミングで、思いつきます。日本製品に愛用品はありますか。彼はすかさず教えてくれました、スバル。アイスランドには自動車産業がありませんから、車はすべて輸入車です、なかでも四輪駆動のスバルは大変人気があるのだ、と教えてくれました。彼自身の愛車もレガシィだと。我らがレガシィがレイキャビークを走っているのだと思うと、わたしは誇らしい気分になりました。2025年春、レガシィが長い歴史に終止符を打ちます。わたしのフリドリクソン監督作品のお気に入りは、春にして君を想う、ですが、来春、春にしてレガシィを想う、ことにきっとなるに違いありません。