「美術解剖学とは何か」を読んで
今回は、最近出版されたばかりの「美術解剖学とは何か」の書評を書いていきます。
昔から筋肉や骨格が好きでして、小学生になる前くらいに解剖学の絵本を珍しく親におねだりして買ってもらった記憶があります。
今でも持ってるんで今度はその本の紹介でもしようかな。
そのくらい昔から解剖学には関心があって、美術に興味を持つより前から好きだったわけなんですよね。
なので本書を読むのを楽しみにしてました。
著者の加藤公太さんはTwitterで美術解剖学について情報発信されていて、クリエイターにとって大変有益なツイートばかりです。
特に知識に裏打ちされた正確無比なドローイングは必見です。
美術解剖学に基づいてイラストの描き方を解説した本は沢山ありますが、本書のように美術解剖学そのものを詳細に解説している本は珍しいです。
情報の密度が高い一冊なので、少しでも興味があれば手に取ってみる価値があると思います。
本書の第一章ではまず美術解剖学の成り立ちや現代における活用のされ方について著者の学者としての知見を含めまとめられている。
なかでもレンブラントの「テュルプ博士の解剖学講義」についての話は面白い。
同作品においてレンブラントが描いた左腕の構造は右手のもので、解剖学的に誤っていると指摘されている。
美術史に残る名画にも関わらず割りと初歩的なミスが残されてるものなんだなと驚きですね。
ただ、著者も
「些細な間違いなど上塗りしてしまう「芸」や「術」、「勢い」がレンブラントとその作品には存在している」
と述べているように、解剖学的な間違いは作品の価値に直接的な影響が無い場合も多い。
アングルの「グランド・オダリスク」などが好例で、結局のところ作品の魅力は現実に即しているかが全てではない。
レオナルドの解剖学デッサンにも矛盾が見られることが多々あるものの、その恐ろしく高い画力によって生み出される説得力は、現代の3DイラストやCGで再現された人体モデルにも引けを取らない。
そもそも20世紀以降の美術では写実的な表現さえされなくなり、人の姿は解剖学に即したものとは大きくかけ離れた形態で表現されている場合も多い。
ではもう解剖学は美術のために学ぶ必要はないか、その答えは是非本書を手に取って考えてみてほしいところです。
確かに解剖学を専門的に学ばなくとも、正確な人体を描写することは可能で、現代では優れた参考書が沢山あるので小難しい内容の専門書を読みかじるのは遠回りに感じるかもしれません。
ただ、絵を描く上で、解剖学に限らず描く対象についてどれだけの知識や経験を持っているかでクオリティが変わってくるのもまた事実です。
詰まるところ自身の表現に必要か否かの取捨選択の問題なのですが、美術解剖学の知見を取り入れることで感じられるメリットは無視できないはず。
本書では
「解剖学は一年やそこらでマスターできない。医学部生のように三カ月で詰め込んでも、三カ月で忘れるし、大変なので嫌いになる。だからライフワークのようにして少しずつ学んでいってください」
と著者が講習会参加者へ伝えた言葉が書かれている。
美術解剖学という分野は、すぐに会得出来てすぐに役立つハウツーのようなものではなく、長いクリエイター人生の中で徐々に血肉となっていくものなのかもしれないですね。
第二章では著者の経歴が語られている。
自分語りは好きではないと書かれているが、普段生活していて美術解剖学者の方と知り合うことなんてまずないので、非常にありがたい内容です。
生々しい解剖の実際についてや、解剖がどのように美術に活きるかが自身の経験を通して語られています。
本章でも語られているが、知識を蓄えることで「見る目」を養うことは美術に身を捧げる人間にとって不可欠で、生涯を通して続けていく必要がある。
美術解剖学の知識も蓄えることで確実に「見る目」を養うことができる。
それが美術解剖学を学ぶ意義であって、全ての知識は「見る目」を養うことに繋がるわけですね。
それが美術の良い点でもあるし、難儀な点でもあります。
本章で得られる知識もまた、どこかで作品に活きてくるはずです。
第三章では更に踏み込んで解剖学的な話題が挙げられている。
かなり専門的な内容も含まれているので、解剖学の入門的な知識があるとより面白く感じられそう。
解剖学に興味があるとはいっても、医学生のように体系的に学んだことがないし、学ぶにしても作品に役立てることを目的に拾い読みする程度なので、そのうちグレイ解剖学やプロメテウス解剖学辺りを読んで解剖学という学問を俯瞰してみたいところ。
人体の名勝という主題も良い。
昔から多くの人達が人体の神秘に魅せられて、人体という自然を探検してきた事実がありありと分かる。
それ以上に人体を知ることに対して不快感を覚える人が多い気はするが。
知ることの楽しみは感じるけど、覚えるのが苦痛で仕方ないのでどうにか脳に直接知識をインプットする方法を開発してほしいものですね。
そんな怠慢な自分の脳を開いて見てみたい気もする。
第四章ではこれまでに美術解剖学を切り開いてきた偉人について紹介している。
レオナルドを中心としたルネサンスの画家の名は、美術好きなら知らない人はいないと思うが、マーシャルやリシェといった学者については本書を読まなければ知らずに死んでいたかもしれない。
そのくらい美術解剖学に貢献した人物というのは一般には知られていないと思う。
そもそも一般人が知る必要すらない領域でもある。
この章だけでも目を通す価値があると思う。
単純に教養が深まるし、何より面白い。
偉人や学者の功績というのは、本当に見ていて面白いものです。
何故ここまで没頭して研究に打ち込めたのか純粋に興味が湧いてくる。
その辺のサラリーマンと2、3時間飲み交わすよりも、偉人のエピソードを一つ読む時間のほうがよほど有意義な時間に感じられる。
まぁ実際のところ0と100だと思う。
絵の技術は比較的早く身につくものの、教養が活きてくるのはずっと先の話で、ましてや作品に活かせるかは分からないものです。
ただ、知識と知識の繋がりがアイデアとなるわけで、いつどんな形でアイデアとなるかは結構運任せだったりします。
セレンディピティというものに近いかもしれませんね。
あるいはジョブズが話した「Connecting the dots」かもしれません。
あくまでも知識や経験を蓄えておかないと、アイデアは生まれる余地がないということですね。
美術解剖学の知識は、絵画の基礎を支える骨子にもなるし、地力を伸ばしてくれる筋力にもなるんでしょうね。
そして深く深く学んで理解すれば、点と点を繋いでくれる存在にもなるかもしれません。
美術に身を捧げる身として、もっと学んでみたくなりました。
まとめると、絵を描いているのなら今すぐこの本を読みましょう。
はい、それだけです。
きっと今後繰り返し読む一冊になると思うので、いずれ追記するかもしれません。
非常に満足度の高い一冊です。
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