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退役軍人とカントリー音楽(ミズーリ州・ブランソン)

 せっかくアメリカに住んでいるのだから、アメリカならではの生で音楽を楽しみたい。
 ゴスペルならニューヨーク、ロックやブルースならメンフィス、ジャズならニューオリーンズ。あとはのんびりとハーモニーを楽しむカントリーミュージックも。

 ということで、カントリーが盛んな都市を調べてみると、いくつかのうちうちに聞きなれない地名が見つかる。
 ミズーリ州ブランソン。アメリカの地理上、ちょうど中心にある町で、すぐ南にあるアーカンソー州とのほぼ州境沿いにある。ちょうどアーカンソーに行く用事があり、なかなか訪れない地域なので、でせっかくなので車で足を延ばして3時間、立ち寄ってみることにした。

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 調べてみると、ブランソンはエンターテイメントの街として、名がそれなりに通っているらしい。街には劇場が山ほどあって、そこで毎昼、毎晩、音楽やマジック、コメディなどのショウが山ほど公演されている。

 なかなか気の利いたもので、街のWebサイトでは、各公演をずらっと一覧でチェックできる。
 ブランソンには1泊するので、午後にはアイルランド民謡、夜にはカントリーミュージックと、二つを選んで予約を入れた(どちらも40ドル前後とリーズナブル)。

 アイルランド民謡については、何もアメリカの中部で聴くことはないかと思ったが、調べてみるとところがどっこい。この辺りはその昔、アイルランド移民がうつり住んだ歴史があるというのだ。イギリス人やイタリア人はボストンやニューヨークなど便利なところに居ついたのに、アイルランド人はこんな奥地にまでやってきて、大変だっただろう。
 しばらく生の音楽に触れていなかったのと、私はケルティックウーマンが好きなので、今回の用事で一番楽しみな予定になった。

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 ブランソンに行く2日前に携帯電話が鳴った。
 電話の向こうでおじさんがわさわさ喋るので、最初何を言っているかわからない。つたない英語力で何度か聞き返した結果、どうやらアイルランド民謡の公演が何らかの理由によって中止になってしまったらしい。

 なんとがっかり。
 実は、夜のカントリーミュージックの評判を後から調べてみると、あまりふるわなかったのでちょっぴり後悔していたところだったのだ。アイルランド民謡に余計期待を寄せていた分、余計残念な気持ちになる。

 代替案を調べても、午後は公演数も少なく心惹かれるものがない。結局ゆっくり到着することにして新しい予約をいれるのはやめた。

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 当日の夕方、3時間ドライブしてそれなりにへとへとになってブランソンに到着し、チケットセンターで夜の公演のチケットを引き換える。窓口のお兄さんは、チケットを印刷しながら調子のよい営業トークで話してくれた。

「ブランソンに何日いるの?一晩?それはもったいない!次はもっと長く滞在して、もっと色んなショウを見ていかなきゃ。」

 明日の午前中はまだ町にいるけど、何か公演の予約はとれるかと一応聞いてみたが、週末なので全て満席だという。まあ仕方がない。
 開演までまだ2時間ほどあるので、近くのショッピングセンターをうろうろすることにした。

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 運の悪いことは、なぜか重なる。
 少し経過したころ、ふと携帯で時間を確認すると、メールが新着で一件入っている。送り主は、チケットセンターだ。
 嫌な予感しかしない。

<悪いニュースをお伝えしなければなりません。今晩の公演は中止となりました。>

 そんな。
 わざわざ3時間もかけてここまで来たのに、二つとも中止なんて、あんまりだ。

 慌てて、チケットセンターに逆戻りする。
 窓口には先ほどのお兄さんがいた。他に今から予約を入れられるものがないか、泣きついてみた。今晩の公演、全て満席だったらどうしよう、とどきどきしながら。

「えーと、マジックショウならあるけど、どう?」

 私はわざわざこんな不便なところに、手品を見に来たわけではない。カントリーミュージックが聞きたいのだ。
 音楽のショウがいいんですが、と再度確認する。お兄さんはPCをかたかたさせたが芳しい結果がないらしい。
 後ろの方に座っているほかの係員のおばちゃんたちに「今晩、空いてる席ないかな?音楽公演で!」大声で確認している。

 ○○は?いやそれは今晩満席だ、じゃあ○○は?と何度かやりとりした結果、「ロックとカントリーミュージック、どっちがいい?」とのこと。

 よかった!助かった!
(検索して空き公演が出てこないのに、係員のおばちゃんたちに聞けばなぜ出てくるのかは、原理はわからなかったがこの際どうでもいい。)

 お兄さんは、チケットを印刷しながら今度は、元々の公演が中止になったのは残念だったけど、これは人気の公演だし、良い席だから君はラッキーだよ、と話しかけてくれた。営業トークかもしれないが、そう言われると何だかちょっと嬉しい。ほっとしながら、もらったチケットを大切に鞄にしまった。
 開演まで時間があるので、近くの安いタイ料理屋で夕飯を食べながら口コミを検索すると、すこぶる評判が良い。

 余計嬉しくなってきた。

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 果たして、繰り返し中止の憂き目にあって辿り着いた運命のカントリーミュージックショウは、大変よかった。
(ちなみに、窓口のお兄さんが太鼓判を押すほどに、座席はそこまで良くなかった。小さな劇場なので、それでも全然楽しめたけど。)

 カントリーというとなごみ系のデニムのつなぎのおじさんが出てきて癒し系の曲を歌うイメージであったが、バンドは革ジャンでヤンチャにキメたおじさん達である(歌い手も、ギタリストもドラマーも)。

 メインボーカルは、ジョージクルーニーみたいなイケメンのおじさんである。他のパートの白髪のおじさんや、デンガロンハットをかぶったおじさんも、それぞれめちゃくちゃ歌がうまい。
 やっぱり生声と生演奏は、全身に響いてくる。
 カッコイイ!

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 男声4名の力強いハーモニーがまた美しいのだが、中でもバスを担当しているおじさんの音がボォーンと響く。これがまたいい味を出しているのだ。

 間にコメディを小休止を挟みつつ(民主党バイデンを小馬鹿にする、いかにもレッドステート:共和党らしい漫才だった)、いろんな装いで曲を披露してくれる。
 前情報によると50年代、60年代の名曲らしいが、私は全然知らない曲がほとんどで、それでも十分に楽しめたが、後半はクリスマス曲になってなじみのある曲が出てくる。
 会場からのリクエストに応えて即興で演奏してくれる(サイレントナイトとか、サンタが街にやってくる、とか)。

 このおじさんたちは、このブランソンの町で、色んな夢を抱えながら、来る日も来る日も演奏を披露してきたんだろうなあと、ふと心の片隅で思った。

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 最後、妙に神妙な雰囲気になって、客席に向かってこう言葉が投げかけられた。

「この中で、ミリタリーサービスに従事されている方、ベテランの方、パートナーとご一緒にご起立ください。」

 ベテランというのは、退役軍人のことである。
 70人ほど入る会場を見回すと、6、7組はその言葉を聞いて立ち上がる。私が思ったよりたくさんいた。

「アメリカが今あるのもあなた方のおかげです、一同で感謝します。」

 そして、会場みんなで拍手。〆の一曲は、ベテランズへの感謝の曲だった。さすがレッドステートのミズーリ、軍人さんへの敬意はこんなところにまで。

 ショウは2時間以上続いて、劇場を出たころには夜の10時半になっていた。当初の予定とはだいぶ変わってしまったが、大変満足して、ほくほくしながらモーテルに車を走らせた。

 ちなみに、「Pierce Arrow」という公演です。
 ブランソンに行かれる用事がある方は、ぜひ立ち寄ってみてください。



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