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【盛岡市大通】ありがとう、いつも迎えてくれて-人情酒場「寅さん」で見つけた喪失の先の光
盛岡駅ビルフェザンで、気の合う呑み仲間・コメタさんとの呑み歩きを終え、「もう一軒」ということになり、昭和薫る正統酒場を訪れました。
⚪︎昭和47年(1972年)創業の名酒場「寅さん」
次は酒場はどうしようと盛岡駅前を歩いていると、コメタさんから「ホッピー呑みたいですね」との提案がありました。
わたしもホッピー大好きなので、「ホッピーいいじゃないですか、それ採用です!」と、機嫌良くコメタさんに返します。
すると、「では、久しぶりに『寅さん』どうですか。あそこのお母さんにもしばらく会ってないので」とのことでしたので、もちろんです、と「寅さん」を目指し歩を進めました。
「寅さん」は、昭和47年(1972年)創業の古い酒場。女将さんとその息子さん二人で切り盛りする、地元客の絶大な支持を誇る、地域密着型の酒場です。
やきとりから揚げもの、鉄板焼き、そして酒だって、「なんでも安くて、なんでも旨い」を地で行っている、大衆酒場の手本です。
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17時半前に到着すると、ほぼ満席。先客たちの笑い声や会話で満ちています。BGMはなく、15インチの壁掛けテレビだけが、静かにニュース番組を流しています。
カウンター席を二人分詰めてもらい、店の奥の方の席に進み「すみません、失礼します」と先客に言葉をかけ、座らせてもらいます。
⚪︎ホッピーは白でも黒でもはっきりしてればどっちもOK
「呑みもの、なににしよっか?」と女将さんが声をかけてくれました。
「んーー、ホッピーをお願いします」と、おしぼりで手を拭いながら返します。
少しすると、「ごめん、白を切らしてて、黒しかないけど、それでいい?」と再び女将さんに確認されましたが、答えは次のとおりシンプルです。
「もちろん黒でいいですよ。黒でお願いします」
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コメタさんと、ホッピーで、何度目になるかわからない乾杯。
そして、「お母さん、おしんこください。それと身欠きニシンで」と、コメタさんがオーダーします。
いいですね、そういう酒場の普通の酒肴を今は欲しているんです、とコクのある黒ホッピーをぐいっと呑みながら、心の中でつぶやきます。
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まずはおしんこが出されますが、これがまた懐かしいしょっぱさ。なんでしょう、親戚の家に遊びに行くと、お茶請けに出される漬物を思い出されます。
キャベツの歯応えがしっかり残るおしんこが、美味しくて美味しくて、箸が止まりません。
⚪︎酒場には、隣り合った縁が結ぶ出会いが似合います
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「どうですか、一切れ」
「え、いいんですか?」
「なに、隣り合った縁です。お裾分けさせてください」
「じゃ、遠慮なく、、、」
穏やかな雰囲気のロマンスグレーの先客から分けてもらったのは、この店の名物料理のひとつでもある「とろろ焼き」。
すりおろしたとろろをベースにしたお好みやきで、とろとろ、かつもちもち食感で、ぺろりと食べられます。
ありがとうございます、とお礼を言い、これをきっかけに、一言二言交わします。
隣り合った縁が結んでくれた出会いは、大切にしたいものです。いつかまた、どこかの酒場で隣り合うことだって、あるかもしれません。
⚪︎絶品身欠きニシンに心と胃袋つかまれる
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そして届いた身欠きニシンが実に立派です。かりりと焼けた皮目が最高に香ばしく、しょっぱい味噌をなすりつけて食べると、シンプルながら、至高の酒肴です。
われわれの身欠きニシンを見た別の客が、「あ、こっちも身欠きニシンちょうだい」と声をあげます。
こういうのも酒場のよくある光景。誰かの肴を目にし、触発されて自分も食べたくなる、という人間味のある酒場の営みのひとつです。
そんな風にして、ここでは、だれもが幸せそうに酒を酌み交わしています。
そして、おのおのが、やきとり、揚げもの、炒めもの、鉄板焼きなどなどを、思い思いに口に放り込み、酒を流し込んでいます。
仕事や家庭で、もしかしたら嫌なことがあり、それを飲み込んで抱え込んで生活している人もいるでしょう。わたしだってそうです。
大事なものを失い、その喪失の痛みに苦しみ、前に進めない人もいるでしょう。もしかしたら、隣でホッピーを呑んでいる、コメタさんだってそうかもしれません。
世代が近く、お互い家族を養いながら、社会の中で役割を果たしていかなけばならないという立場を同じくするコメタさんと、わたしたちは、いつも、酔っ払いながらそんな話をするのです。
でも、人々の一体感にあふれた酒場の姿。こんな溢れるエネルギーを前にすると、喪失の先には再生もあるのだ、と実感できます。この力強い営みの中に身を委ねるだけで、心落ち着き、つかえが取れていきます。
この「寅さん」という昭和が残る酒場に身を置き、一瞬の出会いとともにある生の実感に触れることができたことに満足し、静かに席を譲ることにしました。
会計をすると、二人で2,200円。人情酒場らしい、懐に優しい価格設定です。
「お母さん、ありがとう。いつまでも元気でね」
そう思いながら、寒いのに外まで見送ってくれた女将さんに手を振り、コメタさんもわたしも自然に笑顔になりながら、店を後にしたのでした。