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月明かりの夜道

月明かりに照らされた夜道を通りふと思った。

「この道にはどれだけのドラマがあるんだろう?」

例えば道路がない大昔、月明かりしか灯りがない頃、どんな世界だったのか?どんな人が通ってきたのか?

今はスマホを使えばGoogleマップでどこだって見れる。

道路がない頃、そんな世界を想像していた人はいるのだろうか?

今回の旅のテーマは「夜道」

夜風と虫の鳴き声が心地良い今日この頃、夜道をヒントにこれからの世界に思いを馳せてみようと思います。

土地という概念

ネットフリックスで「地面師たち」というドラマが流行っているらしく、ちょっと見てみた。

なるほど、スリルとサスペンス要素満点で面白い。

地面師とは簡単に言えば土地を転がすプロの詐欺グループらしく、一般には見れない世界の人達だ。

しかし、そもそも土地というものは「ここからここは◯◯の土地」といつ誰が決めたのだろう?

現在、存在する土地は全て誰かが所有するわけだが、発端を辿ると猫が縄張りを決めるが如く、主張の強い人間が力技で強奪していったと思われる。

土地(お金)=力の象徴

しかし、例えばその土地が海面上昇して海に沈んだら全くの無価値となる。

地震で亀裂が入れば利用できなくなる。

自然の思いつきで、どの土地がどうなるかなんて未来はわからない。

しかし、現存する内は等価交換に利用ができる。

その土地を巡って繰り広げられるマネーゲーム。

マネーゲームの果てに我々はどこへ辿り着くのだろう?

生きるということとは?

生きるということは食べていくということ。

よく父に「食っていければいい」と言われたものだが、今となってはその意味がよくわかる。

野良猫は常に目を光らせて食べ物を探している。

それが「生きる」ということで、食べ物(縄張り)が探せなくなった野良猫は、可哀想だが死んでしまう。

結局のところ「強い」猫が生き残る。

現代社会で人間が飢えて死ぬことはほぼないが、強い者が多く取り分を得られるのは猫と変わらない。

しかし大きな違いは人間には知力があり、だからこそ「土地の概念」に始まり、様々な取り決めがあるからややこしい世界になっている。

本来はシンプルなのに複雑な世界。

その世界を生きていくにはどうすればいいんだろう?

生きることとは開拓するということ

自宅横にお借りしているビニールハウスがある。

実際畑を管理してみると雑草の伸びる速度、そこに暮らす虫がすぐに増えることに気づく。

本当にあっという間に成長する。それが本来の自然の姿であり、草も虫もいない環境を作るには相当な労力がいる。

だから当たり前に利用している整備された道路も元々は雑草だらけで、それこそ灯りもない夜道は危険だっただろう。

そこを長年時間をかけ、開拓されて今に至る。

「コンクリートジャングル」と言われる東京なんてよく考えたら本当に凄い。

お金というエネルギーを原資に開拓された姿が今の日本。

しかし、ここまでが限界だと思えてしまう。

将来は車が自動運転で空も飛ぶ。でも、何かワクワクする未来とは程遠く感じてしまう。

それって何でだろう?って考えると、自分達で開拓すると言うより「開拓された」道を受動的に歩かされているように感じるからかもしれない。

近年何かルールが多すぎる。

今は会社の車を利用する際は毎回アルコールチェックをしないといけない。

ちょっと前までは、出社後に毎回体温をチェックしないといけなかった。

コンプライアンス云々で、随分働きにくくなった。

こういう馬鹿げたルールが次から次に湧いて出てくる。

そもそも仕事量は増え、ルールは増え、今や共働きが当然で老人も普通に働いている。

何故ゆえ、苦しさは右肩上がりで生活は右肩下がりで苦しくなっていくのか?

政治が云々ではなく、根本的に私達のエネルギーを誰に搾取されているか気づかないといけない。

まとめ 夜道をただ歩く

夜道は今の日本のようだ。

目の前は暗く先が見えない。
ただ、整備はされていて灯りはある。

でも、道の整備を人に任せる時代は終わったと私は強く思う。

開拓していくのは我々自身だ。

これから、雑草が生えてくるがごとく、ルールや制約が益々増えるだろう。

しかし、だから何だというのだ?

雑草は刈るしかないし、刈ることができないなら歩きやすい道を探すしかない。

そう、私達はそうやって生きていくしかないし、それこそが生きていくということではないか?

まだ、今の日本の危うさに気づいている人は少なく、水面下で動いている人もごく僅かだ。

でも整備された道をただ歩くより、自分なりに試行錯誤しながら道を開拓していく方が私はワクワクする。

何て言うか、もうめんどくさい。と思いません?

大切なことを、会ったこともないTVの住人に任せ過ぎた結果、こんなお粗末な状況になってしまった。
(物理的には素晴らしい面もあるけどね)

ここから先は、私達一人一人が力を付け、新しい国作りをしていかなければならない。

だから、今稼げないとか仕事がうまくいかないとか、そんなことは気にする必要がない。

もっと言えば、鬱病とか適応障害とか診断されたとて、全く気にする必要がない。

何故なら、今の社会が狂ってるのであって、そこに適応する方が「普通ではない」から。

今は自分なりに戦略を練るときだ。

夜道をそっと歩きながら、ああでもない、こうでもない。それでいい。

月明かりはいつも優しい。きっと大丈夫。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

また次の旅でお会いしましょう。

この日は近所で花火が上がっていました


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