【フランス自転車旅 最終日①】ジャンヌダルクの足跡を探す
2022年9月14日(水)
現在地:Saint laurent Nouan~Orléans(サンローランヌーアン~オルレアン)
天気: 晴れのち雷雨 16/28℃
距離:44km (Saint laurent Nouan~Orléans)
フランスのトゥールからオルレアンまでLa loire á vélo(自転車道路)を走り5泊6日の自転車旅をしている。フランス中部のロワール地方にはLa Loire(ロワール川)が流れ、川沿いには多くの古城が残っており世界遺産にとうろくされている。
本日は自転車旅の最終日。目的地はジャンヌダルクの街Orléans(オルレアン)だ。オルレアンに向かうにつれ、ジャンヌの足跡がみえてきた。
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7:00 起床
はっ('Д') として起きた。夜間に振っていた形跡はあるものの、雨は降っていない!
昨夜調べた時、本日は10時頃から雨が降り、その後雷雨との予報だったが、今朝見てみると14時までは雨は降らない。
本日は最終目的地のオルレアンまで約45キロ。すぐに宿をでて寄り道しなければ14時までにはオルレアンに着くことができる!早速出発の準備をして朝食を済ませる。
8:20出発
10キロ先の大きな街Beaugency(ボージョンシー)にひとまず向かう。雨が降っていたせいか、しっとりとした空気が肌に当たる。今日は自転車旅の最終日。オルレアンに着くまでの45キロがとても短く感じる。
昨夜泊まったホテルはサンローランヌーランの郊外にあり、少し走ると中心地に着いた。朝だからか静かで、きれいな街だ。
毎回街を通り過ぎる時は必ずMairie(市役所)と教会を見学する。この街でも教会を探してみる。大体メインストリートから一つはずれた小高い丘に建っている事が多いい。
メインストリートを外れた所にSaint-Laurent教会があった。
教会の傍らに像を見つけた。よく見るとジャンヌダルクだ。
何百年もた経ち、外国人である私がジャンヌが歩いた地を歩いていると考えると、とても不思議な感覚で当時の事を想像してしまう。
さて平和ボケした私(南アフリカ人のパートナーは平和ボケしていないw)は、苦労することなく快適な自転車旅をつづける。街から外れると一面のコーン畑が続く。
宿の裏手にあった原発を横目に通り過ぎる。ジャンヌの時代とはまた別の、さらに大規模な苦悩が現代にもある。(ちょっとセンチメンタル、、これこそセンチメンタルジャ~ニ~♪だ。古っ。)
ジャンヌの後にも沢山の領土戦争はあったのだろうが、あの時ジャンヌが生まれてなかったら今頃この地はイングランドの領土になっていて、国境越えしないといけなかった"かも"しれない。と考えるとジャンヌ(率いるフランス軍)のしたことはフランス人にとって重大な事だったに違いない。
9:15長い田舎道を走る
ロワール川にぶつかる手前で道がなくなった。戻って車道を走るか考えたが、このまま突き進むことにした。
しばらくモコモコ道(略して"モコみち"とする)を進むと奴がいた。
フランス語を勉強し始めてから口笛が簡単に出来るようになったので(きっと唇をすぼめて前に出す発音があるせいだろう)牛さん達に聞かせてみた。
最初は離れた所にいたのだが、すごいギリギリまで近づいてきて、ちょっと怖い。
すごい見てくる。気まずいな。
5キロ程"もこ道"を走ったら次は砂利道が果てしなく続く。普段パリの建物の間で生活しているから、見晴らしの良い場所はとても気持ちがいい。
middle of nowhere(日本語だとなんだ)の場所にポツンと可愛らしいお家が。ここに住みたいかと聞かれたら、遠慮しとくと答えてしまう、まだまだ東京人の私( ノД`)ラーメンガタベレナクナルヨ…。
牛がいれば馬もいる。
有名な画家が選びそうな風景( `ー´)ノ。石が減ってきてカタカタ道になってきた。自転車の速度があがる。
40分程モコ道やガタ道、カタ道を走り、ようやく現代の道に到着。
コンクリートの滑らかさ、軽い足取り。コンクリートに感謝しかない。
コンクリートで走る自転車の速さに気分が上がっていると、左側に突如中世の街が現れた。
10:00 Beaugency(ボージョンシー)到着
雰囲気のあるホテル
橋を渡ると中世の街並みが広がる。正面の円形の建物はEglise Notre-Dame de Beaugency(ボージョンシー教会)。それにくっついている左側の建物はホテル(Grand Hotel de l'Abbaye Beaugency)だ。
怖いもの見たさで値段を調べてみた。1泊99€~。スイートルームは約200€~。ホテル内は重みのある豪華な中世の雰囲気が広がる。テラスから眺めるロワール川は最高の思い出になるに違いない!郊外だからかパリの安めのホテルと変わらない値段だった。(泊まってみればよかった( ;∀;)チクショー!)年老いて自転車旅ができなくなった時にまた訪れようと心に決めた私であった。
Tour de Cesar(シーザーの塔&ダンジョン)
11世紀の軍事建築でロマネスク様式の数少ない建物の一つ。ジャンヌダルクがこの街を解放してから約100年後の1562年、ボージョンシーの街は宗教戦争の虐殺地となる。その時の火事とその後の破壊によりこの一部分だけが残った。
Clocher Saint Firmin(サンフィルマンの鐘楼)とジャンヌダルク像
今朝食べた朝食では足りなかったのか、少しお腹が空いてきた。
この街でなにか食べようとレストランをさがす事にした。
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