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世界を旅して、たったひとつだけ変わったこと
旅で人は変わるのか……?
もしかしたらそれは、旅というものをめぐる、究極の問いのひとつかもしれない。
たとえば沢木耕太郎さんは、著書でこんなふうに書いている。
旅は人を変える。しかし変わらない人というのも間違いなくいる。旅がその人を変えないということは、旅に対するその人の対応の仕方の問題なのだろうと思う。人が変わることができる機会というのが人生のうちにそう何度もあるわけではない。だからやはり、旅には出ていった方がいい。
一方、角田光代さんは、少し違う視点からこう書いている。
私はやっぱり今までの旅で、旅でしか得られない何かすばらしいものを手にしたのだと思う。(中略)それがその人を成長させるとか、ゆたかにさせるとは私は思っていない。ただ、静かに内に降り積もるだけ。それを一度知ってしまった人は、面倒でも、疲れるとわかっていても、無益だとわかっていても、どうしようもなく旅に出てしまう。
沢木さんは、旅で変わらない人もいるけれど、旅は「人が変わることができる機会」であると捉えている。一方で角田さんは、旅でしか得られないすばらしいものはあるけれど、「それがその人を成長させるとか、ゆたかにさせるとは私は思っていない」と考える。
どちらの答えも、僕にはよくわかる。
そして、沢木さんも角田さんも、対極的な答えを語っているように見えて、どこか通じ合う答えを語っているように思えるのだ……。
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沢木さんや角田さんに並べて語るのもおこまがしいけれど、僕にとっての答えはどうなのか。
20代の頃から旅を好きになり、これまでに20数か国を訪れた僕の場合、正直なところ、とくに自分は変わらなかったと思う。
世界を旅したことで、人間的に大きく成長できたとはとても思えないし、人生が大きくプラスに変わったということもない。
小さな発見や気づきは、数えきれないくらいあったと思っている。
でも、それが自分を変えてくれたとか、成長させてくれたとは、正直思えないのだ。
きっと沢木さんの書くとおり、ときに旅は人を変えるのだろう、とは思う。
けれど、そんなに簡単に人は変わるものではないのかもしれない、とも思う。
少なくとも、自分が変わることを期待して旅に出たら、手痛いしっぺ返しを食らってしまうような気がするのだ。
だから、と僕は思う。
旅で大切なことは、自分が変わるか変わらないかではないのではないか、と。
確かに、僕は世界を旅しても、自分を変えることはできなかった。
でも、いつまでも変われないそんな自分を、ありのまま愛せることができるようになった、と思うのだ。
世界を旅することは、あらゆる土地を見て、あらゆる人に出会うことである。
すると、世界には信じられないくらい、いろんな土地があって、いろんな人がいることがわかる。
目を見張るような美しい土地がある。一方で、目を覆いたくなるような悲惨な土地もある。
人もそうだ。こんなに素敵な人が世の中にいるのかと思う人もいれば、こういう人にだけはなりたくないなと思ってしまう人もいる。
そうして旅を続けるうちに、ふっと気づく瞬間がある。
人は結局、素のままの自分で生きることが、1番幸せなのではないか、と。
なんの勇気もない。器量もない。プライドだけは高いくせに、たいした努力もしようとしない。
けれど、そんなどうしようもない自分を、いまは素直に認めることができている。ありのまま、愛せるようになっている。
それはきっと、世界を旅して、いろんな土地を見て、いろんな人に出会ってきたからだと思うのだ。
無理をしてまで自分を変える必要はない。
いつまでも変わらない自分だって、別にいいんだ、と。
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僕は世界を旅しても、自分を成長させることはできなかった。
でも、たったひとつだけ変わったのは、いつまでも変わることのできない自分を愛せるようになったことだ。
たぶん、角田さんの書くように、旅で簡単に人が成長できるものではない。
けれど、その成長できない自分を、そのまま愛せるようになるのもまた、旅なのだ。
世界を旅する前の僕は、自分を変えたいと思っていた。変わらなくちゃいけないと思っていた。
それがいま、変わらない自分を、素直に受け入れられるようになっている。
きっと、それも自分にとっての変化なのだ。
としたら、沢木さんの書くとおり、旅はやはり、「人が変わることができる機会」なのだと思う。
だから、僕もまた、旅には出ていった方がいい、と思っている。
旅に出ても、自分は変わらないかもしれない。
でも、たとえ変わらなくても、その変わらない自分を愛せるようになったとき、やはり人は「変わる」ことになるはずなのだから……。
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