破滅をまねく安易な共同経営
スキルを身に付ける目的で仕事している人を除き、すでにある程度の実務経験があって独立後の業務に不安が無い人の場合、その多くが心の中で『一刻も早く今の職場を辞めて独立したい!』と考えているはずです。
開業にはある程度のまとまった自己資金が必要なので、とにかく自分の将来のためにも今は我慢しながら日々の仕事をひたすら消化し続けるしかない…といったところでしょう。
実際、僕にもそんな時期が長くあったので、その気持ちは良く分かります。
さて、飲食店で仕事をしていると職場内に自分と同じように独立開業を目指している同僚や部下や先輩がいるケースが多々あります。
そして互いに自分の理想とする将来のお店について語り合ったりするような機会も少なくはありません。
以下はとある飲食店での店長と料理長による会話です。
さて、はたして彼らの共同経営は本当にうまくいくのでしょうか?
同じ業種で独立を目指している人間同士が同じ職場でお金を貯める目的のためだけに働いている場合、複数のメンバーで結託すれば早々と独立が実現できるという発想に行き着くのは必然の流れです。
実はこういった安易な発想(資金が貯まっていないけど一刻も早く独立したいだけ)から共同経営に走るというパターンは後を立たず、そしてこれは非常に危険な行為といえるのです。
今回は共同経営が危険な理由とその回避策について僕なりの考えをご紹介していきたいと思います。
① 必ず訪れる不公平さへの不満
共同経営を決意してから開業準備をすすめている間はそれほど大きな問題は起きないと思われます。
なぜなら共同経営者たちは互いに資金を持ち合っているため、自分の意見が100%ではなく、相手の意見も尊重して取り入れつつ(時には自分の考えに妥協もしながら)店づくりをしていかなければいけないことを充分理解しており、そのルールを破って、せっかくの早期独立が破談に終わってしまうことを恐れているからです。
また自らの弱いスキルを補ってくれる相手を心強くリスペクトし、自身の半生をかけたプロジェクトの相棒としてもっとも信頼が高まっている時期でもあることから極めて良好な関係が保たれる可能性が高いのです。
問題はお店の開店以降です。
共同経営者たちは1ヶ月の給与の取り分を不公平がないよう1円単位まできっちり折半しようと事前に約束していたとします。実際そのようにされる共同経営者は数多くいらっしゃるようです。
もちろん始めのうちは互いに必死なので相手が苦労していれば支えるような空気感もあるでしょう。しかし、共同経営者が別々の人間である以上、全く同内容の仕事を負担していくということは通常あり得ません。
例えば一日の仕事が終わり、ホールの仕事が全て完了してもキッチンは翌日のための仕込みが残っていて帰れないような日があるかもしれません。それが1ヶ月にほんの数日程度の話なら料理長側も共同経営者である店長に対して『ホールの仕事が終わったなら、キッチンのことは気にしないでいいから遠慮せず先に帰ってくれていいよ!』と気前よく言えるかもしれません。
しかし、これがほぼ毎日続くとなるとどうでしょうか。まして、店が繁盛すればするほど休日でも店に出てこないと仕込みが追いつかないような状況になることすら容易に想定できます。
こんな1ヶ月が経過した時、共同経営者である料理長は1円単位まで店長と折半という給与額に快く納得できるでしょうか?
不公平さを意識してしまう要因には実質的な労働時間だけでなく、仕事内容に関するしんどさも影響します。もちろん重労働に対する考え方もありますが精神的なキツさや実質的な責任の負担にも配慮は必要です。
仮にホールで店長が責任者として大変なクレーム対応に追われている最中、ホールの仕事は任せているからという理由でキッチンスタッフと料理長が裏で談笑していたら店長はどう思うでしょうか。お前も共同経営者として半分は責任者じゃないのか?と腹を立てることでしょう。
そういった店長としての精神的な負担や責任の丸投げを毎日のように浴びている中、料理長が毎日お気楽にダラダラ仕事しているように見えると『何かあったときの責任者は常に自分じゃないか!それなら、その分の役職的な手当ても追加でもらえるべきだろう!』と給与を公平に設定しているがゆえの不満が募っていきます。
それでもまだ売上が取れているうちはマシですが、売上が落ちてきて充分な利益が確保できなくなってきた時、その原因を料理の出てくる時間が遅いせいだ、いや接客態度が悪いせいだと互いの仕事内容に不満が出はじめ、どうしてこんなに努力している自分と、あまり努力が見られず売上を落としている要因となっている相手の給与が同じ金額づつ減るんだ、減るべきなのは努力が足りない相手側の方だけだろうといった、一律の給与減額に納得のできない思考回路にも陥りやすくなります。
給与の取り分を定める時、実質の勤務時間で決めるのか、仕事内容のキツさで決めるのか、ポストとして担う責任で決めるのか。どのように設定すれば互いに公平であると納得し合えるのか。各人の収入に直結する話であるだけに非常にデリケートで難しい問題です。
雇用されていた時はそれも全て会社のルールに従っていれば良かった(従うしかなかった)のですが自身が経営者になったことで良くも悪くも全ての根本的ルールを自ら設定できるようになってしまったわけです。
自分一人だけが経営者で他が全て従業員という通常形態であれば給与設定は自身の采配のみで誰にも口を出されることはありませんが、同じ立場の共同経営者がいる場合、共同経営者同士の収入格差への不満、もしくは同額設定の場合でも仕事内容の格差への不満といったものはそう簡単に解決できるものではありません。
この収入や仕事内容の格差に対する不満は遅かれ早かれ確実に発生し、これをもとに共同経営者間に大きな亀裂が入り、共倒れになるケースが圧倒的に多いのです。この問題、あなたならどのように解決しますか?
② 従業員の困惑と派閥の発生
共同経営で頭を悩ませるのは経営者本人たちだけではなく、雇われている従業員側もです。
その最たる理由は明確なワントップが不在であることです。
共同経営者同士はお店を始める時点で互いに同じ地位の公平な立場として事業を立ち上げています。
もちろん名刺上の肩書きなどはあるかもしれませんが、そこに実質的な優劣はなく、お互いにプライベートでは(ヘタすれば職場内でも)完全なタメ口同士という事実上フラットな関係性です。
共同経営者は互いの財力やスキルを頼り合うことで独立できたのであり、どちらも単身の力だけで独立を実現できたわけではないので、一方が上の立場で一方が下の立場だという上下関係は基本的に存在しないという基本概念の上に事業が成り立っているのです。
すると、そこへ働きに来た従業員にとっては二人のトップがいるわけで、それぞれから少しでも違う内容の指示を受けた際にどちらに従うのが正しいのか混乱してしまいます。
店舗を運営していく上で、それぞれのトップが人を指示できるだけの実務経験者であった場合、指示や指摘は飛び交うのが当然で、その内容が全て一致するなどということは通常ありえません。
良くありがちな例としては『最優先でコレをしろ!』といった指示が分かれるケースです。料理長が『最優先でこの料理を持っていけ!』とスタッフに指示した直後に、店長が同じスタッフに『まず先にドリンクを持っていけ!』と重複指示するような場合です。
スタッフは困惑して店長に『料理長にまず料理を持っていけと言われたのですが…』と訴えますが、店長も自分の立場や業務に対する個人的な考えがあるため『いや、ドリンクのほうが最優先だ!常識だろう?』と対等な立場である料理長の意見など意に介さずスタッフに強く言います。そしてドリンクを優先して持っていったスタッフに料理長がこう怒鳴るのです。『何やってんだ!最優先で料理行けって言ったろ!聞いてなかったのか!?』
もっと大きな食い違いもあらゆる場面で発生します。
こんな職場、従業員の立場だったらすぐにでも辞めたくなるのは必然でしょう。ですが、それでも辞めることなく根気よく働き続けた場合、人間関係はどのように変化していくのでしょうか。
絶対に避けられないのが『派閥』の発生です。
口では明言せずとも店のベテラン従業員たちが確実に『店長派』か『料理長派』に分かれていくことになります。そして、それは経営者本人たちにも自然に伝わるため、自身の派閥に属していると見られるスタッフを贔屓したり可愛がったり庇ったりするようになり、それがまたより強固な結束力へとつながっていきます。
そして、そんな派閥の行き着く先は対立です。
何らかの小さな事件をきっかけに派閥同士のいさかいが起きたり、ひどい場合は片方の経営者を引きずり降ろそう(辞めさせよう)といったような動きにつながることすら珍しくありません。
そういった意味でも事業におけるツートップの君臨は望ましくないのです。
③ 根本的な理想や方針のちがい
開業するまでは完全に利害関係が一致していたため全く気にならなかったことが経営が軌道に乗り始めたくらいから徐々に気になりはじめるというのも良く聞かれることです。
開業後の人生設計や事業プランなどにしても理想がかけ離れているとトラブルのもととなります。
店を繁盛させ、長く続けていきたいという根本的な方向性は同じでも、一方は2号店3号店と短期間で事業規模を拡大してどんどん会社を成長させていきたいという願望を持っており、片やできるだけリスクを背負わずに1店舗だけで地に足を付け、余裕ができたら改装をして、より理想だった店に近づけたいという願望を持っていては舵取りが相反してしまいます。
この選択を迫られた時、必ずどちらかの願望だけが満たされ、どちらかは妥協せざるを得なくなってしまうのです。
また時が経つにつれて、小さな好みの違いすらも気になってきます。
スタッフのユニホームのデザインやカラー、グラスの形状、店内に置くインテリア用品、店頭に出す看板まで2人の人間の好みが一致し続けることは不可能です。
さらに好みだけでなく方針や思想も同じです。
店長は規律ある清潔な身だしなみで丁寧な接客をするスタッフを育てたい、そういったスタッフが接客をしている店をしたいと思い描いているのに対し、料理長はピアスや髪染めをしていても問題はなく、むしろスタッフ一人一人の個性を重視し、友達のようにフレンドリーに接する店がしたいと思い描いているような場合でも、どちらか一方は確実に自分の思想に反した我慢を強いられることになります。
同様にお店の営業時間やイベント内容、メニュー名から価格帯、お店の客観的イメージから未来像まで、2人の方針や思想が完全に一致するなんてことはないのです。
これは自分のお店で独立開業することを夢見てきた彼らにとって、ときに耐え難いほどの苦痛を伴うかもしれません。
『…こんな店は自分のしたかった店じゃない!』
いつか2人共がそのように思ってしまう瞬間が来ても不思議ではないでしょう。
④ 相手の嫌な部分が気になりだす
どんなに仲が良くとも小さなコミュニティの中で長時間共に過ごしていると相手の嫌な部分が目立ってくるものです。
それは性格的な部分だったり、いつもの口ぐせだったり、ちょっとした仕草だったり、タバコ臭だったり、なんならもっと些細なことかもしれません。
しかし一度、相手の嫌なところが気になりだすと、それを四六時中、間近で目にしていることが極めて苦痛になってきます。
まして、いつも平気な顔で遅刻してくる、お金の管理が杜撰、スタッフを叱っている時に横から茶化してくる、意味もなく朝から機嫌が悪い時がある…など業務や仕事の姿勢に関する態度であると、よりそのストレスは倍増するはずです。
注意をしたいものの従業員ではないため、そこまで強くは指摘することができず基本的には我慢しますが、いざ耐えかねて腹を割って真剣に話し合ってみると相手方からも自分に対しての不満が山のように放出されて、もはや関係性は完全に破綻なんてことも…。
お互いに相手のことを信頼できなくなり、挨拶も交わさず半分無視しながら生活収入を得るためだけに仕方なく業務を回している毎日なんて、もう独立する前よりも最悪な状況だとしか言いようがありません。しかし実際のところ本人たち以上に気の毒なのは、その陰険ムードに振り回されるスタッフたちなんですけどね。
⑤ 一方が辞める時の泥沼化
もう、お前と一緒に仕事なんてやってられない!
互いにそう確信し、決別を宣言したとしても実際に店を去るのは一体どちらなのでしょうか。なんせ、店に残る方はワントップの店舗オーナーに昇格、辞める方は無職になり下がってしまうわけですから穏やかではいられません。
開業時に出し合った資金も既に店の設備などに変わっていて現金は残っていない場合もありますし、仮にお店が繁盛していてお金があっても、それはあくまで2人で稼いできた資産であり、開業時に出した金額だけを返されて『さようなら』と言われても到底納得はできないはずです。
また料理長の調理スキルに依存していた店長は料理長に店を去られてしまうと新しい料理人を雇用する日まで営業ができなくなってしまいますし、店長が辞めるならと店長派閥に属していた全てのホールスタッフが一斉に辞めてしまったりすると料理長も一人では店が回せなくなってしまいます。
さらに公庫などから融資を受けていた場合、借入金の問題もあります。
もし店の営業状態があまり芳しくない場合、先に辞めたほうは借入金の返済責任を完全放棄できてしまい、店に残ったほうだけが残債を全額引き継ぐというのも受け入れがたい条件でしょう。
どう考えても、どちらか一方が辞めるときの一層の泥沼化は避けられそうにありません。『もう店なんか閉めて裁判だ!』なんて話になってきた日には目もあてられません。
⑥ 共同経営のトラブル回避策
では上記のような恐ろしい破滅をまねいてしまわないよう、どのような回避策を施しておくべきなのでしょうか。
1. 開業前に可能な限り詳細なルールを決めておく。
給与を単純に折半するなどといった雑な決め方ではなく、本文で述べたような不公平さは必ず発生するということを前提に可能な限り、双方が納得できるような給与体系を開業前にしっかり話し合って取り決めておくことが大切です。
給与以外にも営業上で起こりうるトラブルを可能な限り想定し、それぞれの対応について2人で定めたルールを文書にして残しておきましょう。
2. 最高権限者が誰なのかを明確にしておく。
最初に必ず一人だけを事業の最高責任者の役職に立てます。そして出資が折半だろうと関係なく、今後の事業上で何らかの決定をすべきときに最終判断をくだす権限を無条件でその一人だけに付与することです。
スタッフにもはっきりと『この会社のトップは○○さんだ』と示し、自分たちの指示内容に相違があった時は『常に○○さんの指示を優先するように…』と伝えておくことです。
また、どんなにプライベートで仲が良くても職場ではあくまで最高責任者を上司として扱い、きちんと敬語で接することで従業員も関係性を自然に受け入れることができます。
お互いに自分が2番手なんてイヤだ…というのであれば絶対にうまくいかないことが既に明白ですので大きな傷を負う前に共同経営そのものを辞退しておくべきです。
3. 将来のビジョンや理想について語り合っておく。
共同経営を決断する前に何度も時間をかけて、お互いの将来のビジョンや理想の店づくりについて語り合っておくことが重要です。
お店の内外装やメニュー名などのイメージ的なことから、スタッフの接客スタイルや服装まで相手が思い描いている理想のお店像を的確につかみ、また自分の理想についても忖度せず相手にしっかりと伝えておくことです。
理想イメージが8割以上一致しているならば共同経営を検討しても良いかと思いますが、それ以下の共感しか得られなかったのであれば見送るべきです。もちろん初めのうちは互いに妥協しつつ、すり合わせていこうという空気になっているでしょうが、そのうち必ず我がでてきて悩むことになります。
2人が共に『自分の店だ』という感覚を持っている時点でいずれ関係性に亀裂が入ることは避けられません。逆に2人が共に『相手の作りたい店を献身的に手伝う』という感覚であれば意外とうまくいくかもしれません。
4. 互いのNG事項は開業前からはっきり伝えておく。
自分にとってのNG事項も共同経営に歩みだすより前のまだ関係性の良い時期にはっきりと相手に伝え、また相手からも聞き出してほうが良いでしょう。
相手にはこれから本気で一緒にうまくやっていきたいからこそ改善や約束してほしいという旨を真剣に話し、例えば『遅刻だけは絶対にやめてほしい』、『仕事中に頻繁に髪をさわるクセは不衛生だから直してほしい』など現時点でも日常的に気になっていることをきっちり伝えておきます。
最初のうちなら相手も真剣に聞き、改善するように努力してくれるでしょう。また自分自身も然りです。
この時点で相手の機嫌が悪くなったり、不穏な空気が漂う程度の関係性であれば共同経営なんてやめておきましょう。その方がお互いのためになります。
5. 一方が辞める場合の想定と取り決めをしておく。
もしかして何らかの理由で片方が店を辞めることになった場合はこのようにしようと予め具体的な取り決めをしておくべきです。
出資金や財産や借入金、保証人の名義についてなど細かいことまで話し合い、きちんと捺印した書面を双方一部づつ保管しておきます。書面を残すのは後から言った言わないの不毛な議論を避けるためです。
自分自身が辞める側になっても店に残る側になっても、どちらでも納得できるような、それこそ両者にとって公平な条件を考案しておく必要があります。
また、やむを得ない事情がある場合を除き、お店を完全に離脱するのは後任スタッフをしっかり育て、最低限の業務引き継ぎを済ませてから…などといったように退任後の営業にも支障がないよう配慮してもらう誓約も合わせて交わしておくべきです。
世の中には共同経営で大成功されている経営者も大勢おられますし、共同経営だからこそ上手くいった事例も多数あることも承知しています。
なので僕は決して共同経営という開業手段自体を否定するつもりはないのですが、単なる金銭的な理由などから共同経営の道を安易に選択してしまったばかりに長年の夢だった自分の理想のお店が実現できなくなり、必死で貯めてきた資金を全て失ったあげく、完全破綻してしまう危険性もあるということを理解しておいてもらいたいのです。
特に今現在、開業を目指して不満を抱えながらも日々必死で働いている若い世代に向けての警鐘となれば幸いです。
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