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アンパンマンは正義の味方を名のらない

いつの頃からかは定かでないが、「その言葉」が出てきた瞬間、わたしのなかに警報が発令するようになった。
(キケンキケン 内容ニ注意サレタシ)

「正義」である。

ニュースや日常会話などだけでなく、アニメや漫画といったフィクションのなかだとしても「注意せよ」とつい身構えてしまう。
アブナイと感じたら即座に距離をとれ、と。

例えば、その語られ方に違和感はないか、他者を無視したものになっていないか、歴史的、状況的に齟齬や誤謬はないか、理屈は通っているか、その理屈は自らを高めることで意識的ではないにしても他者を蔑むものになっていないか…などなど、「正義」という単語が登場すると、どうにもこうにも色んなことが気になって仕方がなくなってしまう。

なんというか正義に対する不信感が強すぎる。
(正しいということがいつもいいこととは限らないし、
 正義は他者に向けた時点で凶器に変わってしまうから)


…そういえば、アンパンマンって正義の味方を名のったこと、ないな…?
いわゆるヒーローものの文脈で語られる正義の味方について思い起こしているときに、ふと気が付いた。
「ぼくの顔をお食べ」って、なかなかのパワーワードがキメ台詞だもんな?

記憶違いかもしれないと、公式サイトのプロフィールなどをみてみても、「ヒーロー」とは書かれているが、「正義の味方」と表記されている箇所はみあたらなかった。

おなかが すいたり、こまっている ひとが いたら、どこでも とんでいく みんなの ヒーロー。ジャムおじさんが こころを こめて つくった パンに、いのちのほしが おちてきて うまれた。ばいきんまんが わるさを すると アンパンチで こらしめる。

https://www.anpanman.jp/about/friends/4zvqlpab9ixejb6d.html
アンパンマンのキャラクター紹介より

さすがにこれだけでは判断しにくいので、数あるアンパンマンソングの歌詞も調べてみた。
アンパンマンのマーチ、勇気りんりん、アンパンマンたいそう…どこにも正義の文字はない。(それにしても歌詞がよすぎて涙なしには読めない)
信じられない量のキャラクターソングにも目を通してみる。
食パンマン、カレーパンマン、メロンパンナちゃん、ロールパンナちゃん、クリームパンダ、赤ちゃんまん…
ひょっとして、逆の立場なら? と、バイキンマン、ドキンちゃん、ホラーマンも調べてみたが、見当たらない。
設定上、ありそうな長ネギマンや焼きそばパンマンにもなかった。

全ての歌詞や、原作、アニメ全話を調べたわけではないが、ここまでくると作者の意図があると判断するほうが妥当だろう。
(むしろ本当に1回もないのか?って疑わしくもなってくるくらいで)


そこで、この『アンパンマンの遺書』である。
この本は、アンパンマンの作者やなせたかし氏の自伝で、誕生から、学生時代、戦前、戦中、戦後、各種のデザイナーなどを経て、ようやくアンパンマンが子どもたちのヒーローとして日の目をみるようになるまでが描かれている。

なるほど、作者は陸軍にいたのだ。
そこでかたられ、力でもって行使され、しかもあっさり覆される不安定な正義を目の当たりにしていたのだ。
だから、安易に正義を語ることをよしとしなかった。
大衆が迎合する正義に対する根強い違和感を生涯忘れなかった。

そんなものよりも、愛や勇気のほうがもっと素敵だと。
お腹をすかせた子どもがいるなら、なにをおいても食べさせるのが本当のヒーローだろう、と。
暴走するパワーには、真向から打ちのめしあうのではなく、吹っ飛ばして距離をおいて…まあ、そんなもんでよかろう、と。


だから、アンパンマンは正義の味方を名のらない。
そもそも正義なんて信用できないものの味方なんかじゃなく、弱者の、もっというとお腹を空かせているひとの味方だからだ。
(だいたい、正義は放っておいても十分好き勝手にやる)

しかも、最弱のヒーローであることをよしとしている。
平気でひとに食べさすくせに、食べられたら弱る。
顔がぬれても、汚れても弱る。
だから、いつも、ひとりで戦わず、誰かに助けてもらっている。
最弱のヒーローで、チームだから守れる平和があると教えてくれているかのようだ。
(確かに、もっと強い、ゴリゴリの正義の味方が主役だったら、バイキンマンはきっと毎回はこられないだろうし、アクの強いキャラ同士のケンカも絶えなそうだ)

これは、昨今のあらゆる問題が、様々な正義の小競り合いに端を発していることに重要な示唆を与えているようにもおもう。
(アンパンマンワールドはおもった以上に多様性のロールモデルかもしれない)

ついでに、この本は、マンガ家を目指しながらもくすぶり続け、才能ある後輩たちにどんどん追い抜かれ、関係なさそうな仕事の数々をなんとなしにこなしながら、一応真面目に腐らずに続け、最終的に「アンパンマンの作者」という栄光をつかみ取った、やなせ氏のサクセスストーリーとも読める。

昔からなじみ深いアンパンマンの真意に触れられるだけでなく、今やりたいことがなくて(できなくて)くすぶっている方々にとっても勇気をくれる1冊かもしれない。


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