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自分でコントロールできないところは、あれこれ考えないことについて

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できるだけ、いつも心穏やかに生きていきたいと思って日々を淡々と過ごしているのだけれど、それでも修行が足りないというのか思い通りにならないことにモヤモヤしたり、イライラしたりするということは完璧になくすということはなかなか難しく思うし、というより、それはそもそもできないことなのかもしれない。

まあ、昔の自分に比べたら感情が大きく上下するようなことはなくなってきたというのか、これまでの経験から、「何かにあるいは誰かにモヤモヤしたりイライラしても自分が疲れるだけ」ということを学んできて、大きく反応しなくなったというのかできるだけ何事にも「無」あるいは「へえー、そう」くらいになろうとしているようにも感じる。

思い通りにいかないことにイラッとしたり、誰かにイラッとしたりするのは、その思い通りにいかないことや思い通りにならない人に反応しているからであるし、そもそも自分でコントロールできることというのはかなり少ないし、そこを受け入れないといつまで経ってもこのモヤモヤとかイライラを抱えたままだし、心の平穏は難しいということがわかってきた。

最初にも書いたように、もしかしたら自分のまわりのことについモヤモヤしたり、イライラすることはゼロにはできないにしても、ゼロに近づけることはできるんじゃないかなと思うし、そうすることで日々の生活におけるストレスを、少なくしていくことは可能ではないかと思っている。

じゃあ何をすればいいのかというと、シンプルに「自分がコントロールできることだけをやって、コントロールできないところはあれこれ考えない」ということである。

例えばどこかに出かけるとして、ものすごい雨が降ったとする。

天気はもちろんコントロールできないし、自分ではどうすることもできない。

けれど、そこで「なんだ雨かあ、今日は出かけるのになあ」とずっとモヤモヤして過ごすのか、あるいは「まあ、しょうがないかあ」と気持ちを切り替えるのではその日の過ごし方も、心の状態も変わってくるし、これは自分でコントロールできることになる。

あとは天気とかもそうだけれど、人も自分の思い通りにはできないし、もちろんコントロールもできない。

他人の行動や言動に振り回されることも、これまでたくさん経験してきたわけだけれど、結局は天気と同じように思い通りにならないことに一喜一憂するのではなくて、自分の心の状態を整えておく方が精神的にも健全だし、自分でコントロールできることだなと気づいてからは、そうやって他人の行動とか言動に落ち込んだり傷ついたりすることも少なくなった。

そもそも自分と価値観とか考え方、物事の捉え方が全く同じ人というのはいないわけで、家族であってもそれは違うのだから、「なんでそういう言い方するんだろう?」とか「なんで平気でそういうことできるんだろう?」みたいなことを考えてもしょうがないし、「こういう人もいるんだなあ」くらいにちょっと離れたところから見るような一歩下がってみる感覚というのは、心にストレスを感じさせないためにも大事なスキルじゃないかと思っている。

自分ではできるだけ穏やかに過ごそうと思っていても、自分の外からは何がやってくるかわからないし、それは自分にはどうにもコントロールできないことではある。

けれど、自分の心の持ちようというか、心のあり方をどうするのかは、自分である程度はコントロールできることだから、そういう自分でコントロールできるところに気持ちを向けて、コントロールできないところはあれこれ考えず日々を穏やかに過ごしていきたいものである。

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ささきたけよし
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