詩 時計
時計
狭間 孝
あと十年 時を刻んでくれたらいい
安くていいから
腕時計が欲しい
赤シャツは右腕をあげて自分の腕時計を見て何気
なく低くつぶやきました。
「あいつは十五分進んでいるな。」それから腕時計
の竜頭を引っぱって針を直そうとしました。
………
赤シャツの農夫はすこしわらってそれを見送って
いましたが、ふと思ひ出したように右手をあげて
自分の腕時計を見ました。そして不思議そうに、
「今度は合っているな」とつぶやきました。
………
赤シャツの農夫は、窓ぶちにのぼって、時計の蓋
をひらき、針をがたがた動かしてみては、盤に書
いてある小さな文字を読みました。「この時計、上
等だな。巴里製だ。針がゆるんだんだ。」農夫は針
の上のねじをまわしました。
宮沢賢治「耕耘部の時計」より
本を音読しながら
巴里製でなくてよい
リュウズを回さなくてもよい
先ずはあと十年
ひょっとして欲が出てきたら更に十年
動いてくれたらいい
そんな腕時計が欲しい
僕の誕生日に
子どもたちから何が良いかと聞かれたので
そう答えた
長い年月 腕時計を付けていない
それは障害のある子どもたちや
介護が必要な高齢者と接してきたから
遠い昔 中学校入学の時
郵便局長だった父が買ってくれた腕時計は
突然襲ってきた大地震で倒壊した家の下敷きになり
見つからなかった
その後 時刻を刻んできた腕時計は
とうとう光を受け入れなくなり
いつ見ても 動いては止まり役立たず
窓の内側に並べられ
次々とそれぞれが時刻を刻む
店の奥では
時計見ルーペを瞼に挟んで修理している
町の時計屋は見かけなくなった
あと十年動いてくれたらいい
本音を言えば
二十年動いてくれたら
この国とこの世界の
有様を見届けることができたら しあわせ
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