狭間 孝

詩人、コールサック、詩人会議、文芸日女道、神戸詩人会議、詩のもりに詩や写真エッセイを連載。『社会福祉介護福祉の尊厳論〜思いをつなぐ〜』出版。ずいぶん昔、『詩集 朝焼けの詩』(視点社)出版。 故郷、淡路島に40年ぶりに帰り、薪ストーブの家に住む現代風木こり、農好き、犬猫好き。

狭間 孝

詩人、コールサック、詩人会議、文芸日女道、神戸詩人会議、詩のもりに詩や写真エッセイを連載。『社会福祉介護福祉の尊厳論〜思いをつなぐ〜』出版。ずいぶん昔、『詩集 朝焼けの詩』(視点社)出版。 故郷、淡路島に40年ぶりに帰り、薪ストーブの家に住む現代風木こり、農好き、犬猫好き。

最近の記事

ピーヒャラひゅるひゅる 吹き戻しの里

子どもに教えながら、大人が一番喜んでいた。でも、吹き戻しは吹いてまっすぐになるのに、どうして丸く戻るんだろう。ここがミソ。

    • 岬の風を感じながら

      何度も 見た風景なのに 飽きない 気が向いたら この丘の上に立って見ている 明石港から渡船に乗ると 二十分ほどで岩屋港に着き 淡路交通バスに乗るのだが 気まぐれに道が細くて 時間がかかる西浦周りのバスに乗ってみた のんびりと車窓から 道端の民家 鄙びた漁港 頭の上に籠を乗せて歩いていたり 涼み台に座っている子どもを見ながら 海岸沿いをバスは走って行くので 五色浜や 慶野松原辺りまで来ると 小豆島の景色も変わり 寒霞渓が見えていた 湊(みなと)のバス停で乗り換えて 僕は

      • 昔、平野に〇〇(marumaru)があった

        南あわじ市の真ん中に広がる三原平野を分断するように淡路鳴門自動車道が走っている。今、早生玉ねぎの収穫に忙しくカラフルなコンテナが農道に積み上げられている。自動車道を挟んだ田園地帯は、戦争末期に「〇〇(まるまる)飛行場」が建設された。私の世代は飛行場があったことを祖父母や父母から聞くことができた最後の年代かもしれない。「〇〇(まるまる)飛行場」の正式な名称は「陸軍由良飛行場」と言い、阪神地区防空のために戦闘機用の基地として昭和十八年に建設が極秘に始まった。本土空襲が始まり、ガダ

        • 淡路国分寺~天平の仏~

          淡路国分寺は、三原平野のほぼ真ん中、南あわじ市八木国分にある。訪ねた時期は、彼岸花が満開であり、お寺を囲むように周りの田んぼでは稲刈りを行い、稲を刈り取った時の香りが漂っていた。 参拝の受付事務所のガラス窓に不在の時は、携帯電話か奥にいるので声をかけて下さいと紙が貼ってあった。住職は不在だったが、奥様が対応してくれた。『甦える天平のこころ 日本唯一の天平仏丈六釈迦座像 淡路国分寺』B四サイズの解説に『建立の歴史「青丹よし奈良の都は咲く花のにほふがごとく」と万葉集に歌われた天平

          11月15日〜写真展を行います。私の淡路島巡りの写真です。詩も付けて写真と詩も発表しています。ただ、私自身の身体、膝が悲鳴をあげています。Koki Kokiと年齢と同じように不馴染な膝の音です。手指のツボで、左膝は左手の小指第2関節が左膝。何度も何度も揉んでいます。

          11月15日〜写真展を行います。私の淡路島巡りの写真です。詩も付けて写真と詩も発表しています。ただ、私自身の身体、膝が悲鳴をあげています。Koki Kokiと年齢と同じように不馴染な膝の音です。手指のツボで、左膝は左手の小指第2関節が左膝。何度も何度も揉んでいます。

          偶然の出会い!濃霧の明石海峡大橋

          西宮市鳴尾町に住んで20年。定年を迎えたので故郷の淡路島、洲本中川原町にある聴覚障害高齢者の方が暮らす特別養護老人ホームで働くことになった。通勤は高速道路を使い、西宮から淡路中央まで。朝は5時半に出て、退勤時間が5時半なので、それから高速道路を走り、鳴尾町に帰る。それを3年間、続けたので、ほぼ8万キロ走破した。しんどいのは、5月のゴールデンウィーク、お盆、年末年始の渋滞だった。渋滞で淡路サービスにも入ることができず、裏六甲側の阪神高速を使い、帰宅することが多かったし、深夜零時

          偶然の出会い!濃霧の明石海峡大橋

          鞍馬にて 

          京都市北区西賀茂。京野菜の田んぼ道を歩き、市内から離れた学生アパートで大学1年の頃に初めて暮らした。炙り餅の店の前から続く細い道の先、今宮神社裏の静かな住宅街にあった学生寮(下宿のようなところだった)で過ごした3~4回生学生時代。今宮さんでは、時々、時代劇の撮影現場に遭遇した。たった4年間だけの京都での暮らしだったのに、人生を左右するような学友たちに出会った。ほんのひとときだというのに。

          鞍馬にて 

          岬に吹く風

          岬に吹く風             狭間 孝   新玉ねぎの香りが 漂う故郷の岬に 烏帽子の形をした大岩があった 少し小高い岩場に立つと  大潮の日は 白くて大きい渦が見える   潮流が速く 膝まで浸かると 体ごと引き込まれるような 鳴門の渦の中に 吸い込まれていくような   岩礁は 今では大橋の橋げたとなり 少年の記憶はとぎれとぎれの モノクロ写真 色褪せてしまったが   十八の心に吹く風は ほのかな青春の物語 岬へ続く坂道を

          岬に吹く風

          安乎岩戸信龍神社 岩戸(いわんど)はん

          岩戸(いわんど)はん              狭間 孝 老人ホームの 裏の雑草まみれのところで とんど焼きを行い その残り火の余熱であんこ餅 芋を焼いて入居の高齢者にふるまう とんど焼きは 安乎(あいが)や中川原の農家さんや 住民の方々がホームに来て 草刈りから準備を行っている 「施設長 この間 岩戸(いわんど)はんにおったやろ」 「何しとったんや」 僕が入っている文芸誌の 淡路島めぐり言うんを書いとって 安乎岩戸信龍神社 初めて行ってみたのや イワヤとちごうてイワ

          安乎岩戸信龍神社 岩戸(いわんど)はん

          美山の紅葉 

           2024年の夏が長すぎて、11月を迎えようとしているのに、秋の紅葉は、まだまだ先か。カメラを持って、ヒガンバナ(曼殊沙華)の開花を追いかけたこともあった。里の棚田に咲く赤い写真が、フィルムカメラの時代は、スライドがすべて真っ赤だった。デジタルに変わってもそれは同じだ。  毎年、同じところへ出かけるのだが、元気だったその土地のおじいちゃん、おばあちゃんが何年も訪ねていると、年老いて、里の家は空き家になってしまうことがある。  優しくて親切な里で暮らす人々に出会うことも撮影に

          美山の紅葉 

          私の好きなスナップ 秋の美山

          京都、山深い美山へカメラを持って幾度となく訪問した。歩いて、撮影していると地元のおばあさまに唐辛子を持って帰れとたくさん頂いたこともあった。

          私の好きなスナップ 秋の美山

          秋に咲いた月下美人

          月下美人を食す             狭間 孝 春先から外に出して 夏の暑さに耐えたのか 白い蕾をつけた 日に日に蕾はふくらみ 新月の夜 ひっそりと開き始めた 手の平よりも大きい白い花 翌朝 花はしぼんで垂れていた この花を食べてみようと 花を切り さっと湯通しをして 先ずはそのまま ひとひら食べてみた なんの味もないけれど サクサクと花を食す満足感があった 試しに花に柚子味噌をつけて食べてみる 意外に美味しい 不思議そうに僕のしぐさを 隣で

          秋に咲いた月下美人

          土井ヶ浜遺跡で観た彗星

          次に見えるのは六千八百年後                 狭間 孝 深夜に双眼鏡で南の空を探した 双眼鏡のピントを合わせて くっきりと見えた彗星はハレー彗星だった 淡路島阿万吹上浜で職場の同僚三人で 海からの風が寒かった 解体した僕が生まれた阿万下町 実家のベランダで この時は彗星が明るくて 西の空に見えていたのは ヘール・ボップ彗星は 新型コロナ感染症が流行した二〇二〇年三月に 発見された彗星は 六月の梅雨時 太陽に近づき輝くという 今度はカ

          土井ヶ浜遺跡で観た彗星

          秋の写真

          秋になると撮影に行きたい所がありすぎて困る。トラベルノートには、秋がたくさん書かれている。

          淡路島めぐり ~淡路島モンキーセンター~

          淡路島めぐり      ~ 淡路島モンキーセンター ~  野生の二ホンザルの群れを見たくなり、淡路島南東にある淡路島モンキーセンターへ行ってきた。神戸淡路鳴門道西淡三原インターを降りて、阿万方面へ向かい、南淡路水仙ラインを走る。沼島を見ながら海岸線を走り、黒岩水仙郷を過ぎると淡路島モンキーセンターが見えてくる。所要時間は四十分程で到着した。駐車場の辺りにもサルが座っていた。坂道を上っていくとモンキーセンターの餌付け場へ向かう。木の上や崖にもサルが出迎えてくれるが至って温和な表

          淡路島めぐり ~淡路島モンキーセンター~

          鳴門海峡 門崎砲台が現れた

          子どもの頃、砲台の中を歩いた                   狭間 孝 真っ暗なトンネルの向こうに 四角い出口がある 手前では運転席の前にエンジン部分の突き出た ボンネットバスが停まり 降りた乗客が暗がりの中へ歩いている 暗がりの先に白波が立つ潮の流れの中で 無数の伝馬船がわかめを採っている そして岬の突端では 遠足にきたのだろう 女子中学生が弁当を食べている 野水(のみず)正朔(まさあき)が撮った 昭和三十年代の淡路島 懐かしの写真館の中にある モノクロの写真二枚

          鳴門海峡 門崎砲台が現れた