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終末期の痰吸引はしたほうが良いのだろうか?

痰吸引とは、鼻腔、口腔内、気道内などにたまった痰などの分泌物を吸引する行為です。医行為とされていて、通常は医師や看護師が行います。
現在は、研修を受けた介護職や在宅患者の家族などが口腔内などの場所を限定して痰吸引を行う場合があり、よく知られた行為になってきています。

事例

90代男性。
要介護5
長女家族と同居
脳血管性認知症
約5年前から軽い右半身まひがあり、徐々に認知機能の低下が進行。現在は、ほぼベット上で過ごす。おむつ着用。
介護サービス:訪問入浴、訪問看護、訪問リハビリ、訪問看護(身体介護)を行っている。
訪問歯科にて口腔ケアを定期的に受けているため口腔内はきれい。
食事をした後や、介護で入浴した後に、少しむせるようになった。食べていない時でも唾液でむせているため、主治医に相談。
診察をすると、発熱、上気道の炎症所見はない。SpO2低下なく、肺炎の兆候も見られない。
痰は少ないが、唾液様の分泌物で嚥下の最中に誤嚥してむせを起こしているようであった。

看護師から、吸引を行うか行わないかについて指示を求められた。

複数の事例をもとに創作


痰吸引について4つの面から考えてみる。

まず、このような指示を出すときには、いくつかのことを考えなくてはなりません。今回は臨床倫理四分割法を用いて考えました。


臨床倫理四分割法
https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2014/PA03059_02より一部改変


医学的な状況

・現状・・・唾液と思われるものを誤嚥している
・治療ゴール・・・誤嚥しないようにできること
・介入・・・痰吸引
・成功確率・・・喉頭蓋の機能障害であれば、持続的に唾液が誤嚥されてしまい、むせが止まる可能性は低い。
・痰吸引で一時的には誤嚥した分泌物を除去できても、継続的に止めることは不可能
・四肢の筋力も衰えており、飲みこみの力も相応に弱っていることが予想される

本人の意向
・現在の意思決定はあいまい
・本人はリスクや利益を十分理解することはできない。
・同意をもらうことは難しい。
・以前は、年齢もあるから特に何もしてほしくないといっていた。
・年齢や全身状態から考えて、痰吸引を行わないことが法的・倫理的に問題になることは少ないと考えられる。

周囲の状況
・治療やケアを決定する長女は、できるだけ苦しまないようにさせたい。
・でもできることはやっていきたいと思っている。
・医師や看護師も、3年間の関係性があり、本人や家族の意向を理解できる状態。
・経済的に痰吸引を行わない決断を行ってはいない。
・医療機関や介護サービスとの利益相反はない。

本人のQOL 
・痰の吸引を行ったとしても、少し前の状態に戻れるわけではない。
・痰吸引をした場合に、身体的な苦痛、精神的な苦痛を伴う可能性がある。
・痰吸引をしてもしなくても、誤嚥が止められるわけではない。


話し合いの機会を持つことの大切さ

私たちは、話の持っていきかたで、痰吸引をすすめることも、やらないようにすることもできます。しかしそれをあえて行わず、ご家族にこのような図を見せながら、説明をして選択することに巻き込むことこそケアだと思っています。
この方の場合は、この4分割法をご家族に提示したうえで説明を試みました。その結果、現時点で痰吸引を行わないことを選択されました。
なおこの選択は、いつでも変更可能です。私たちは患者さんや家族がどの選択肢をとっても迅速に対応できるようにシミュレーションを行っています。


どの選択肢をとっても後悔しないようにプロセスを大切にする

意思決定の支援を行うことは、本人やご家族だけでなく、医療やケア関係者にとっても大切なことです。なぜなら、この意思決定のプロセスが見える化されていることにより、だれもがこの人の痰吸引に関する意思決定プロセスを説明できるぐらい、理解できるようになるからです。また、その変更も可能であることを説明することにより、ご本人、ご家族の心理的なプレッシャーを抑えることができるように思います。

医療やケアには100%というものはありません。同じ疾患でも治療を受ける方と受けない方がおられます。その時、私たちは倫理的に妥当な範囲をきちんと提示し、ご本人やご家族の意思決定の支援を行い、尊重していきたいと思います🍀




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石原哲郎|脳と心の石原クリニック院長
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