アルツハイマー病新薬の投与について倫理的視点とパーソン・センタード・ケアから考える
新薬の投与についてどのように考えるか?
アルツハイマー病と診断された人や家族にとって、新薬はとても希望の大きいものだと思います。一方で新聞などでは新薬には副作用があるだとか、高額であるとか様々な情報があります。それらの事実であるかどうかの判断もですが、これらの情報を踏まえたうえで、特定の人に対して投与するかどうかをどのように考えたらよいか、悩まれることもあると思います。
特に医療機関に勤めている人や包括支援センターの方は、尋ねられることもあると思いますので、尋ねられた時の支援者の思考プロセスについて考えてみたいと思います。
倫理的な視点で考える
倫理的な視点で考える方法は、これまでも何度か記載してきた臨床倫理四分割法を用いる方法です。
臨床倫理四分割法は、アルバート・J・ヨンセン、マーク・シグラー、ウィリアム・J・ウィンスレイドによって開発されました。この方法は、医療実践における倫理的な問題を体系的に評価し、患者さん中心の意思決定を促進するための実用的なツールとして広く受け入れられています。
これは医療倫理の複雑な問題を解析し、ケアにおける倫理的な意思決定を支援するためのフレームワークです。このアプローチは、医療従事者がケアにおける倫理的なジレンマに対処する際にバランスの取れた視点を持つのを助けます。四分割法は、以下の4つの主要な領域に焦点を当てています。
医療的事実 (Medical Indications)
この領域は、患者さんの診断、治療オプション、治療の利点とリスク、治療の目的など、患者さんの医療状況に関連するすべての事実を考慮に入れます。
例えばレカネマブに関しての情報です。
レカネマブはアルツハイマー病の治療薬であり、アミロイドβプラークの除去を目的としている。
アルツハイマー病にしか使えない薬であるため、その鑑別診断をしっかり行う必要がある。
治療場所は、投与最初の半年は限られた医療機関でのみ投与できる。その後は認知症専門医のいる登録医療機関で行うことができる。
2週間に1度行う点滴治療である。初期には以下に述べる副反応の評価のため複数回のMRIが必要である。
その効果は、認知症の改善には至らず、進行を遅延させるものである。
副作用としては脳浮腫や微小脳出血などが影響する可能性がある。ApoEの遺伝子多型により治療への応答性のばらつきがある。
費用面は、健康保険の適応が受けられる。高額医療費制度、自立支援医療制度などを用いれば、自己負担額はそれほど大きくはならない可能性が高い。
患者さんの好み、意向 (Patient Preferences)
患者さんの好み、意向は、患者さんの価値観、事前指示書(リビングウィル)、および治療に関する患者さんの意思決定能力を含みます。患者さんがレカネマブについてどのような選択をするか、またそれが患者さんの価値観や希望にどのように適合するかを理解することが中心となります。患者さんの意思決定能力が不明確な場合は、どのような意思決定支援が必要か考える必要があります。
文脈的特徴 (Contextual Features)
文脈的特徴は、患者さんのケアに影響を与える可能性のある法的、文化的、社会的、経済的な要因を含みます。これには、家族の関与、機関のポリシー、保険の問題、経済的な制約、文化的な信念や宗教的な価値観が含まれることがあります。
さらに、レカネマブを投与することにより医療機関などにインセンティブや利益相反行為がある場合は、ここに記載します。
これらの要因が意思決定にどのように影響するかを考慮することが重要です。
生活の質(QOL)
この領域は、治療が患者さんの生活の質に与える影響を考慮します。生活の質には、痛みと苦痛の管理、身体的および精神的機能、および患者さんが自身の生活に価値を見出すことが含まれます。治療の目的が患者さんの生活の質をどのように支援または改善するか、または損なう可能性があるかを評価することが重要です。
治療しなかった時の生活の質の違いについても考えます。
認知症のパーソン・センタード・ケアの視点で考える
認知症のパーソン・センタード・ケアとは
1998年、英国のトム・キットウッド博士は、認知症の人の置かれている境遇を分析し、認知症の人のパーソン・センタード・ケアを確立しました。パーソン・センタード・ケアは、いわば認知症の人が人であることを重視した行動原則といえるものです。
2001年に故長谷川和夫氏らが日本に紹介し、認知症介護研究・研修大府センターの水野裕氏らが中心となってブラッドフォード大学で作られた教育プログラムを翻訳・作成しました。
パーソン・センタード・ケアとは、認知症の人が「人であること(パーソンフッド)」を保つような、誠実なコミュニケーションのことです。つまり認知症の人が1人の人として周囲に受け入れられ、尊重されることをいいます。1人の人として周囲の人や社会とかかわりを持ち、受け入れられ、尊重され、それを実感しているその人の有り様を指します。人として相手の気持ちを大事にして尊敬し合うこと、互いに思いやり、寄り添い、信頼しあう相互関係を含む概念のことです。
VIPSフレームワークを用いてパーソン・センタード・ケアの視点から新薬投与を考える
パーソン・センタード・ケアを維持するための要素として、ドーン・ブルッカー氏は、VIPSフレームワーク(Brooker et al.)として以下の4つの要素が重要であると述べています。
Values people 認知症を持つ人々とケアに関わる人々の価値を認めること
年齢や認知障害の有無にかかわらず、すべての人には人間としてのあらゆる権利があり、それが行使されるように推進する。
新薬の投与について認知症の人とその家族の価値観や意見を尊重していくことが大切です。
Individual’s needs それぞれの人の独自性を尊重し、関わること。
認知症を持つすべての人は、それぞれ独自の生活歴、アイデンティティ、性格傾向、身体的・心理的な強みとニーズ、社会的・経済的資源を持ち、それらすべてが認知症によって引き起こされる各個人の行動や状態に影響を与えていることを理解します。
認知症の人一人ひとりのニーズ、治療に対する応答、副作用への耐性などを考慮して、個別化された治療計画を立てることを重視します。
Perspective of service user 認知症を持つその人の視点から世界を見ること
一人一人が経験している世界は、その人にとって当然のものであり、認知症の人は、その人の視点から世界を見て行動していることを認めます。まず、その人の視点に共感を持って理解しようとすることに、その人がより良い状態になる力を引き出す可能性があることを認識します。
認知症の人の視点から治療選択肢を評価し、彼らが情報を十分に理解し、意志決定を行えるよう支援します。
Supportive social psychology 心理的ニーズを満たし、相互に支え合う社会的環境を提供すること
認知症を持つ人々を含め、私たちは皆、相互の関わりやつながりに基づいて生きていることを認識します。また、認知機能の障害を補い、かつ、一人の人として成長し続ける機会を創出するような豊かな社会的環境を、認知症を持つ人たちもまた、必要としていることを理解します。
認知症の人が治療選択肢を理解し、意思決定を行う過程で、家族やケアチームからのサポートが得られるように支援します。また、認知症の人の社会的環境やコミュニティの支援も考慮します。
まとめ
こうやって、倫理的な視点とパーソン・センタード・ケアの視点からまとめてみると、新薬の投与に関する課題や希望、今後について立体的に見えてくるように思えます。
どちらも大切ですが、投与前に考えるのは倫理四分割法、実際投与が始まったときには、VIPSフレームワークを用いて常に認知症の人や家族の状況をモニタリングしていくという方法もありそうです。
あたらしい事実が加わればここに追加していくことで、一人ひとりにあった意思決定ができるようになっていくのではないかと思います🍀
参考文献:
臨床倫理四分割法(医学書院HP) https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2014/PA03059_02
ドーンブルッカー著 水野裕監訳 よいケア文化の土壌をつくる VIPSですすめるパーソン・センタード・ケア第2版 クリエイツかもがわ(2021年)
認知症に関する本を出版しました!
最近出版した認知症に関する本です。認知症に1人で向き合わない!を合言葉に、こんな症状が出たら、誰に相談するか、どんなサービスや制度を使うかに焦点を当てました。よろしかったらお手に取っていただければと思います。Kindle版もあります。
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