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神社神職の家にサンタは来たのか?

私は大阪の神社で20年神職をしていますが、産んだ男女の双子は一歳七ヶ月から地元のキリスト教系の保育園に通わせていました。奉仕の精神で、保育園で作った手作りのおかずと、おひつのごはんを食べさせてくれる、あったかい保育園。

保育園のクリスマス礼拝を終え、家に帰ってきた双子は、大阪弁イントネーションで「ベツレヘムのまちで、尊いお方が、おうまれになりました。そのお方のおなまえは、しゅイエス・キリストです」と言いました。

大阪弁だと、「ベツレヘム」も、「しゅイエス」も、たこ焼きやお好み焼きの仲間のようです。

「サンタさんにお供えしよ。」
と言い出したのは娘でした。

息子よりも五分だけ早く生まれた娘は、その五分の間に世界のさまざまなことを知ったので、後から生まれてきた息子に色々と教えてやります。

「サンタさんはなあ、夜じゅう子供たちの家を回ってるからなあ、お腹がすくねん。だから、おにぎりをお供えしてあげとくねんで」
「具は何にするん?」
「塩。」

私が塩むすびを二つ、サンタさん用にこしらえると、娘はそれをうやうやしく台にのせ、居間のドアの近くにお供えしました。

そして、当時飼っていた犬用の餌椀に、水をなみなみと入れ、「これはトナカイ用」と言って塩むすびの近くに置きました。

それから娘が息子をきっちり指導して、一緒に二柏手を打ち、一礼。

クリスマスケーキを食べてお腹いっぱいのまま、三人でお風呂に入りました。

風呂の湯舟に腰掛けている息子に、娘が桶で湯をかけてやりながら、
「この店、いいやろ」
と言います。

私は気になって「それどんな店?」と聞きますと、

「お背中流してあげたり、泡で洗ってあげたり、あと、あやとりのひもも、六時間貸してあげる店やねん、延長もできるしな」と言いました。

当時、保育園であやとりを教わってきた娘は、伝統的な形の他に、次々と独創的な形を生み出しておりました。

あまりにカッコいい形を作った時、「それ、なんていう名前?」と聞くと、彼女は「ロクレツオールアンチ。」と、またしてもカッコいい名前を、思いつきで即答するのでした。

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双子が小学校に上がるまで、我が家ではイベントのたびに双子が「アッパッパショー(これも娘が名付けました)」という出し物をするのが慣わしになっていていました。作、演出、主演は娘。調子乗りの息子はダンサーです。

ダンスしたり歌ったり小芝居をしたりというショーで、最後には娘が観客に退場ルートを案内してグッズ販売まで誘導するという流れを、双子だけでする遊びです。

関西スーパーの屋上や、コマツ大阪工場のお祭りで仮面ライダーショーを見たり、太秦映画村でプリキュアや戦隊モノのショーを見たりと、男女の双子ゆえに人の二倍はショーを見て来た彼らは、「興行とは何たるか」をよく理解していました。それゆえに、興行の構造だけ再現して演目はオリジナル、という、とてもクオリティの高いアッパッパショーをして遊んでいたのです。

たいがい、私は観客の役でしたが、ある年のクリスマスだけはなぜか演者に抜擢されました。が。私はダンスの振り付けをなかなか覚えなかったり、指示されていない動きをしたりして娘によく叱られました。

「あ! わかった!」

私がシャワーで髪をすすいでいるさまを、湯船からじっと見ていた娘が言いました。
「お湯と一緒にママの耳から出て行ってしまうねんな、ママの記憶が。」

娘の目には、私の耳から湯が湧き出ているように見えたのでしょう。

お風呂から出て、息子は
「オレは絶対にサンタを見る」
と張り切っていましたが、誰よりも早く寝ました。

娘は、
「これでトナカイをおびきよせる」
と言ってお水の横に「きのこの山」を3つ置きました。

それから、翌日のアッパッパショーのダンスも最終確認しながらサンタを待っていましたが、さすがにつかれたのか、電池が切れたように眠ってしまいました。

私は、彼らが寝入ったのを確認し、ぬいぐるみの入った大きな袋と、仮面ライダーベルトの入った大きい袋を「サンタさんへのお供え」の横に置き、お供えされた塩むすびを完食。トナカイ用の水は6割ほど減らして就寝しました。

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クリスマスの朝、私はわざと、彼らより遅く起きます。

すると先に起きた息子が、「サンタさん食べてる!」と大きな声で言います。まずお供えのチェックに行ったようです。

そして娘も、お供えの塩むすびがなくなっているのを見て、「食べはった!」と走って報告に来ました。

あんなにレベルの高いアッパッパショーを行うわりに、こういうのは簡単に信じるんだなあ、、、と思いつつ、私は「へえへえへえ。来たんだねえ。食べたんだねえ!」と答えます。

それから彼らはお供えの横に置かれているサンタさんからのプレゼントを開封してひとしきり楽しみます。開封タイムが終わると、こんどは終わることのないアッパッパショーが始まるのでした。

***

当時、買い物したときにもらった袋物を押し込んである段ボール箱を、娘は「かばんセンター」と呼んでいました。

後日、かばんセンターの在庫チェックをしていた娘は、クリスマスプレゼントの大きなぬいぐるみが入っていた大きな袋を手にとって、
「これは、世界を終わらすときに家を入れる用」
と言いました。

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「7歳までは神のうち」。

古来、日本では数え7歳になるまでの子供は、たましいが体に安定していない、と考えられていました。

だからこそ、7歳までは神のうち、と言って、毎年のように年祝いを行ってきたのです。(その名残が七五三です。)

私は、季節のイベントが来るたびに、双子のアッパッパショーを思い出し、「7歳までは神のうち」が真理であることを悟るのです。

今年も、すべての子供たちに、いろんなサンタさんがきますように。

と願いつつ、私の奉職する神社では12月13日、事始めの日の恒例で、地域の方々や総代さんからお供えいただいたお餅とみかんをお配りする行事があるので、一足早いサンタさんのような気持ちで、ご奉仕しようと思います。

事始め(ことはじめ)の日、、、と、さらっと言いましたが、事始めの日とは「お正月の準備を始める日」のことです。

お正月は、年神様が家にやってくる日。年神様をお迎えするための準備は、心躍ると同時に、心がすっ、と清らかになる、そんな開運行動の一つでもあります。詳しくは、拙著「神様と暮らす12カ月」で、美しいイラストと共にお楽しみください。





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