登山と人生 #59
登山と人生。
山に登るといつも感じる。登山と人生は”似ている”と。
「たかが人生25年間しか生きていない若者が何か偉そうなことを言っている」と捉えてもらって構わない。ただ、この思いを、自分の記憶に、記録に残しておかないわけにはいかないから残すことにする。
先日の登山のこと。朝4時に起き、眠い目を擦って登山口へ車を走らせる。天気予報では快晴だったが、朝から嫌な風が舞う。
ようやく登山口へ着き、重いザックを担ぎ、マップで方向を確かめてスタートした。登山口をスタートしてすぐ、雨が降り始めた。空を見上げると、どんよりした雲がかかっている。頂上付近はひとつも見えない。「今日は厳しいだろうな」そう思っていた。
登山中はマップを手にしているがやはり道に迷うことが何度もある。木につけられたピンクの印を必死に探す。「あれだっ!」と見つけては歩みを進める。ただひたすらにその繰り返しだ。
登山の序盤は暗い森林のことが多い。地味で、地面がぬかるんだ歩きにくい道だ。景色も特に見えない。これといった面白味もない。ひたすらそんな道を進んでいくのだ。
急激に登ったと思えば、急激に下ることも多い。アップダウンの激しい登山道が体力と脚力を奪う。大きい山場を超えたと思ったら、またしても大きい壁が現れるのは当たり前にある。それでもなお、ひたすら上を見て歩いていく。
頂上まで残りわずかとなったとき。朝の天気が嘘かのように晴れ渡ってきた。あれだけ雨風があったのに。最初には想像もつかない天気だった。「神様が味方してくれた」そんな風にすら思っていた。
そして頂上へ。最高の快晴と最高の山々、最高の登山仲間が出迎えてくれた。そのときの気持ちと光景は、何度登っても忘れることはない。
「登山と人生」
僕が重ね合わせるところが何個かある。
1.「初めは地味である」ということ
登山はスタート2〜3時間ほどは本当に地味な道を歩く。光も差し込んでこないような道を、ただひたすら登る。登山をしたことがない人からすると、写真を見て「景色がすごい」と思われるだろうが、そこにはこんな地道な道をひたすら歩いていることは想像しにくいかもしれない。人生はこの「地味な道」はもっともっと長いだろう。
2.「予想がつかないからおもしろい」ということ
まったくガスガスで見えそうにもない天気だったのが、いつしか晴れて、綺麗な山々が顔をだす。いろんな人と出会う。いろんな道がある。いろんな危機的な状況が起こる。どれもこれも予想できないことが多い。まさに非日常が起こる。人生も予想できると面白くない。予想できないことにチャレンジするから新しい自分に出会える。
3.「ただひたすら歩みを止めないこと」の重要さ
これが登山では大事だ。心は折れかけてもひたすら歩みを止めない。時に長い休憩をとっても、また歩みを進める。歩みを進めると必ず手を差し伸べてくれる人、労いの言葉をかけてくれる人に出会える。そして何より、前に進み続けるからこそ出会えるものが必ずある。今回2時間ほどで歩みを止めていたら。こんな良い天気になっていたなんて知る由もなかっただろう。
多くの人は早い段階で引き返す。歩みを止める。自分にはできないだろう、と。たった少ししか歩んでいないのにたくさんやった気になって、もう無理だと下山を始める。良い景色を見るためには、良い人と出会うためには、ひたすら歩みを止めないことだと思う。それは決してまっすぐの道じゃなくていい。遠回りをしたっていい。でこぼこの道をあえて選んだっていい。とにかく目標とするものに歩み続けることだ。
そして、天気が悪かったとしても、調子が悪かったとしても、必ず山頂を見続けることだ。山頂を想い続けることだ。登ると決意することだ。山頂を見上げ続けることだ。
別に見えなくたっていい。ただ、山頂がそこにあることを忘れないこと。それが何よりも大切だと思う。
人生も登山と同じで道は1つじゃない。たくさんの道がある。そこを模索し続けること。道を見失ったら一度落ち着いて、マップを再確認すること。自分の努力は正しいかどうかを分析し続けること。
4.「過程を楽しむ」こと
生きていることに感謝すること。自然に感謝すること。自分で選んだ道を誇りに思って楽しむこと。
「登山と人生」
僕にとっては切っても切れない関係である。
僕は今日も自分の山に登り続ける。
2024.10.24
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