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「はじめから」を何度も。何度でも。
小学生の頃は、同学年の友達よりも、むしろ年上の友達とよく遊んでいた。近所に住んでいる、私より四つ上と二つ上の兄弟である。きっかけは単純で、親同士の仲が良かったため、お互いの家を行き来するようになったのだ。上の兄ちゃんが姉と同級生だったということもあるかもしれない。今でいうママ友からの繋がりだったのだろう。
二人は、私のゲームの師匠でもあった。自分が幼かったということもあるだろうが、下の兄ちゃんとは二つしか違わないのに、相当上手いように感じていた。私が感覚だけでプレイして失敗しているところを、ちゃんと理論立てて操作し、クリアしていたように思う。
遊びに行くと、私の家にないゲームがあり、とても新鮮で面白く感じたことを覚えている。特に『迷宮組曲』や『ソロモンの鍵』、『スーパーチャイニーズ』などを、わけもわからずプレイさせてもらっていた。それらのソフトは家でもやりたかったが、買ってもらおうとは思わなかった。遊びに行けばいつでもできると思っていた。
中学くらいから、疎遠になった。相手ももう高校生で、ガキと遊んでいる暇はなかったのだろう。それでもたまに遊びに行くことはあったが、ある事件を境に、完全に訣別することとなった。その出来事を私は『ドラクエⅥ事件』と呼んでいるが、それはまた別の機会にお話ししよう。
それからお互いに成長して、大学を卒業して無職になった私が実家でゴロゴロしていた時、一度だけ下の兄ちゃんが家に来たことがある。自分が出演する演劇のチケットを売りに来たのだ。
自分が停滞していたせいもあって、ああ、新しい世界に行ったんだな、と感じた。私はチケットを買ったが、暇なクセに「行けたら行くよ」と恰好をつけ、結局行かなかった。
そのことがあったからだけではないが、それから程なくして私は就職を決めた。
私は停滞してしまう性質で、なかなか先に進めない。人生も、ゲームでも。
いつも思い出しては、本当に申し訳ないと思うことがある。下の兄ちゃんに『ドラゴンクエストⅢ』を何度も何度も「はじめから」プレイさせていたことだ。
小さい頃、唯一家にあったRPGであるその作品は、私にはまだ難しかった。自分でやるよりも、下の兄ちゃんがプレイしているのを見るのが好きだった。
遊びに来ている時にやってもらっていたが、それでも数時間ではせいぜいロマリアくらいまでしか進まない。その後を引き継いで自分でやってみるものの、さほど進めることが出来ずに終わってしまう。
次に遊びに来た時に続きをやってもらえば良いのだが、当時の私はRPGに傾倒していなかったので、別のゲームをやってしまい、しばらく期間が空く。しかしRPGに対する憧れはあり、思い出したようにまた見たくなって、また「はじめから」プレイしてもらう。それを何度か繰り返した。
なぜ「はじめから」だったのか、自分でもはっきりとは覚えていない。データが消えたことが原因だったことも何度かはあったが、毎回ではないし、謎である。
月日は流れ、今は私が娘にせがまれて『ポケットモンスターバイオレット』を初めからやっている。
私とは違い、娘のデータは少しずつ進めてクリア目前まで行っていたのだが、ある日突然「あんなちゃんでさいしょからやりたい」と言い出し、初めからになったのだ。あんなちゃん、とは幼稚園のお友達のことである。
もうクリアできるレベルだったし、クリアしちゃおうよと言ったのだが、クリアはしたくないらしい。
六歳の娘も、まだ自分でプレイするよりも見ている方が好きなようで、当然私がやることになる。正直なところ、私はクリア後でないと進まない追加コンテンツの先が見たいのだが、娘が可愛いので望む通りにしている。
もちろん、娘のデータが消えてしまうのは嫌なので「あんな」というユーザーを新しく作って、ゲームを始めている。ちなみに、同じようないきさつで「みお」ちゃんもいる。
自分の家のSwitchに見知らぬ少女がユーザーとして登録されているのは、不思議な気分になる。
目に入れても痛くない可愛い娘の頼みなら、私は何度だって初めからプレイしても構わない。
だが、もし甥っ子に最初からやれと言われたら、私はどうするだろうか。あまり心が広くないと自覚している私は、断ってしまう可能性が高いように思う。もしくは、自分でやれと言うだろう。
あの頃、下の兄ちゃんは、私をどう思っていたのだろうか。面倒だ、鬱陶しいと思っていたかもしれない。
でも断られたことはなかったので、意外と可愛がってくれていたのだろうか。
下の兄ちゃんはもう地元にはいない。今は東京で暮らしていると聞く。
もしまた会うことがあれば、あの頃のお礼と、お詫びを言おう。