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確定申告に宿る特権性|ソーシャルイノベーションの始め方

所得税の申告・納税期限は3月15日。そう教えてくれるのは、誰かのSNSの投稿だったりします。給与所得者として、源泉徴収がなされる多くの人々にとって馴染みの薄い確定申告は、それ自体が特権性を匂わせているのかもしれません。もちろんそんなことはなく、被雇用者という立場でも社会に働きかけられる仕組みが求められていると思うのです。

 この時期、確定申告を済ませたことをSNSで発信する方をよく見かける。その目的は友人・知人との煩わしさの共有なのか、義務を果たしたことの世間への報告なのか。まさか国税庁へのアピールではあるまい。確定申告の対象となるのは源泉徴収されていない人がほとんどだから、被雇用者との違い、すなわち希少性をアピールしたいのかも知れない。いや、そもそもSNSを積極的に運用されている方々は習慣的に日常をポストするわけで、単にその一環の可能性も高い。確定申告を報告するアカウントは実名で、事業主であることが多い。

 かつての確定申告はある種のステータスだった。企業に属さない自由な暮らし(隣の芝生は青い)、勤め人でも20万円以上の給与外所得(副業が認められない中では主に不労所得)、あるいは2000万円以上の給与所得は、日本国内では多数派を占める給与生活者の憧れだったのだ。だから妬まれることを恐れ、確定申告をしたことを公言する人は少なかった。しかし最近は、例えば6カ所以上の自治体にふるさと納税をすれば還付のために求められるなど、確定申告が身近になってきている。今はまだ横ばいの申告件数も今後、副業の広がりなどによって徐々に増えることだろう。その時にSNSのタイムラインに並ぶ完了報告が、啓蒙的な役割を果たすのかも知れない。

 同じように個人から発信されるものに、選挙投票やワクチン接種の完了報告がある。ここ数日は多く見られるウクライナへの寄付だってそうだろう。どれも税申告とは違って義務ではない。社会に作用する、個々人の権利の行使である。投稿者は誰に呼び掛けるわけでもなく、淡々と自分の行動を呟くことで、少しづつ誰かの気持ちを動かす力を持っている。「あの人が選挙に行っているなら、あの人がワクチンを接種しているなら、自分も」という思考が、大きなうねりをもたらす可能性を秘めている。

 3月5日、新宿駅南口で反戦デモ・ライブが行われた。「No War 0305」と名付けられたこの集会ではロックバンドGEZANのボーカル、マヒトゥ・ザ・ピーポー氏の呼び掛けによって、経営者や学者もステージに上がった。そこに大勢の市民が詰めかけた。ハッシュタグは #NoWar0305 。参加者の呟きを見て、何もできなくても、何かしなければいけないと思った人々が続々と集まったに違いない。意味がないと嘲笑する外野の声を聞く必要はない。その想いはSNSを通じてウクライナの人々に届けられる。楽天会長の三木谷浩史氏や、ファーストリテイリングによる10億円以上の寄付と比べれば実効性には乏しいけれど、重みは変わらないのだ。

 シリアルアントレプレナーとして、大学で教鞭も取るハンス・タパリア(Hans Taparia)氏は、『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版01』(SSIR Japan)に寄せたテキストで、企業のオーナーシップをステークホルダーに再分配することを提言する。それは簡単に言えれば従業員に自社株式を分配すること。事業に無関心な株主が議決権を行使する企業はどうしても短期的な利益を追求してしまうから、長期的な社会課題の解決にコミットしにくい。市民でもある従業員が所属企業の手綱をとれば、日々の業務を通じて自らがあるべき社会を目指すことができるというのがタパリア氏の主張だ。反戦デモに出かけるほどの熱意がある人であれば、勤め先にウクライナ国民を支援してほしいと思うだろう。しかし経営層や株主は必ずしもそうは思わない。だからと言って、すぐに楽天やファーストリテイリングに転職できるわけではない。このもどかしさがソーシャルイノベーションを阻害してしまうのだ。

 確定申告を必要としない人は多数派であるにも関わらず、賃労働者として社会に働きかけることが難しかった。インターネットによって個の時代が来ると言われてきたけれど、そこで活躍できたのは事業主を中心とした一部の人だけだった。選挙に行くことも、デモに行くことも、小銭を寄付することも諦めてしまう気持ちは良くわかる。SNSはいつの間にか匿名で愚痴をこぼし合い、時に罵り合う場所に成り下がっている。だとしたら、顔の見える職場の人たちと建設的な話をする方が良いのではないだろうか。かつての企業内部活動ではないけれど、業務から離れても意見を交わし合い、経営に想いを反映できる仕組みが求められているに違いない。確定申告はただの事務手続きであって、特権でも何でもないと思うのだ。

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