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[朗読 3分] 「彷徨う女と子犬」(『おかげ犬③』)

【ツマヨム】妻が自作の物語を朗読してくれました。【創作大賞素材】
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「彷徨う女と子犬」

美幸は思った。
この森に足を踏み入れたら最後、もう戻れないだろう。
やり残したこと、あったかな。
「……特にない、か」

美幸は数日前まで塀の中にいた。
多くの人を騙しつづけてきた人生。
偽ブランド品、宝石の偽造、偽札に手を出しお縄となった。

全て生活のため。
十歳で帰る家を失くした者の生きる術。
美幸には、誰かに愛されたという記憶がなかった。

出所して食うや食わずで歩いて来た。
いつ果てても構わない。
今、美幸が足を止めたのは、目の前にいる子犬。
急に現れて水を求めてきたので、手に汲んで飲ませてあげた。

チロン。
子犬の首元から巾着袋が落ちた。
「おかげ」と書かれた文字。
拾うと小銭の音も。
「お金持ってるの? なら私のも全部あげるよ」

なけなしの金を袋に入れ、首に掛けなおしてやる。
少しだけ「愛おしい」という感情が芽生えた。
愛されなかった人生、せめて誰かを愛したかったな。

ふと、出所前のささやかな夢を思い出す。
慰問にきた歌手に憧れ、ライブに行ってみたいと思った。
サイリウムを振って応援したい。
赤いパトランプが近づいてきたが、美幸は気付かず。
まだその夢の中にいた。

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