新たな意味を見出し、解釈し、かたちを与える。

武蔵野美術大学 大学院造形構想研究科 クリエイティブリーダシップコース クリエ イティブリーダシップ特論 第7回 井登友一さん(2020年6月29日)

 クリエイティブリーダシップ特論・第7回の講師は、株式会社インフォバーンのデザイン部門を統括されている井登友一さんです。井登さんは、日本のUXリサーチの先駆者で、サービスデザインの普及や、イタリアのロベルト・ベルガンティ教授が提唱している「意味のイノベーション」の研究にも尽力されています。

 井登さんが強調されたのは、これからのデザインは問題の解決だけでは足りず、新たな意味を提案することが求められている、そして、新たな意味を見出し、解釈し、かたちを与えることがこれからの時代に求められるイノベーションにつながる、ということでした。

 こうした差別化要因の「意味」への移行について、実は1999年にB・J・パインII、J・H・ギルモア等が著した「経験経済」ですでに言及されていて、同書では
「コモディティ(コストによる差別化)」→「製品(機能による差別化)」→「サービス(感情による差別化)」→「経験(意味による差別化)」
という四段階が示されているそうです。
 さらに、この本にはその先まで予言されていて、次にくるのは
変身(トランスフォーム)
だそうです。

 ご自身の体験を踏まえて具体例としてお話しされたのが「すきやばし次郎」で、愛想はないし、にぎりはすぐに食べろと言われるし、緊張してくつろぐこともできないし、一般的な基準に照らせば決して良いサービスとはいえないのに、お店を出てホッとしたときには「次はいつ来れるかな?」と考えてしまう。
 つまり、ただ顧客を心地よくさせるのではなく、「客を脅す」ともとれるようなサービスが、文脈によってはむしろ意味をもつこともある。高級な寿司店やフランス料理店では、顧客に安心ではなく緊張感を与えるサービスで、「大人」の世界を体験して自分を「変身」させてくれることが、より高次の価値を提供するサービスとして成立しているということです。

 この話を聞きながら、子供の頃のある経験の記憶が蘇ってきました。
 小学校4年くらいの頃、「酒蓋」を集める遊びが猛烈に流行ったことがあります。酒屋の裏に積まれた空き瓶から蓋を抜いてきて、コルク部分をカットしてバッジのようにしたものを集めるのですが、デザインがカッコいい蓋(剣菱とかカッコよかったな...)や珍しい蓋を持っていると、周りからは羨望の眼差しで見られます。そこで、近所の酒屋だけではもの足りなくなり、徐々に活動範囲を広げて新しい酒屋を開拓していくようになりました。
 そんなある日、友達のお父さんが酒瓶の処理工場にツテがあるとのことで、僕らをその酒瓶工場まで車で連れて行ってくれたのです。そこには空き瓶が山のように積まれていて、あらゆる種類の酒蓋が取り放題。夢中になって収集して、皆が一日にして多種多様な酒蓋コレクターとなったのでした。
 そしてその日を境に、僕達を熱狂させた酒蓋収集ブームは終結へ。
 新しいものを求めて自分の世界が広がるという「変身」の楽しさを、物質的な欲求と誤解した大人が奪い去ってしまったのでした(そのお父さんに悪気がなかったことはわかっているので、文句を言っているわけではありません)。

 今回の講義に限らず、デザインに携わる方々の話を聞いて感じるのは、「利用者がどう感じるのか」「それはなぜか」という視点で、常にものごとの意味を掘り下げようとする姿勢です。ビジネスサイド・実務家サイドにいる自分達は、そこは所与のものとして規定した上で、手段に関する議論を進めようとする傾向がありますが、そういう視点で見ていけばいろいろ違った景色が見えてきそうです。
 自分が扱っている知財についても、新たな意味を見出し、解釈して、「かたちを与える」ところまで、なんとか持っていきたいものです。

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