見出し画像

孤高の白とんかつ「なりくら」高田馬場

近時、東京では、揚げ物の分野が飛躍的に洗練されたように感じる。ひとむかしまえには、外食で揚げ物を食べるとよく胸焼けしたものだが、そんな店にお目にかかる方が珍しくなった。

聞けば、近年、業務用フライヤーがかなり改良され、揚げ玉を自動的に排出したり、油の酸化を防ぐ仕組みを持っているものが店舗に納入されているという。もちろん揚げ油の温度管理も食材に合わせて設定可能。

日本語がわからない外国人スタッフも、「外はかりっと、中はジューシー」という、エゴイスティックな日本のオーダーに十分対応できるようになっているわけだ。

しかし、ときたまには、名店の揚げ物が食べたくなる。料理人が油鍋の前に立って、揚げ具合を睨んでいるようなやつ。

かねてから、「なりくら」の大行列に並ぶかどうか思案していた。その店の出すとんかつがどういったものか全く知らなかったのだが、高田馬場駅の寂しい戸山口近く、裏寂れたビルの地階の店舗。こんな立地の店に老若男女が殺到する理由はひとつだけ、相当美味いに違いないと見当していたのだ。

昨年の夏ごろから平日の閉店間際を狙って入店するようになった。店のカウンター席に通されると、いつも「ひれ」のいい奴を注文する。体を気遣って。

ご存じの方も多いと思うが、なりくら、とんかつが白いのである。パン粉そのままの色という感じ。たぶん、そういう主義。なりくらがなりくらである理由なのだろう。繊細な衣に、濃い揚げ色がつかないまま、肉に火を通して客に提供される。キャベツの千切りは絹糸のように細く、水にさらしているようで、バリバリしないし辛みもない。あとは豚汁に近いお味噌汁、小鉢とおみおつけ。

都内のとんかつ店では、塩でとんかつを食わせるスタイルが一般化しているが、なりくらもしかり。とんかつソースのほかに塩が卓上に用意されている。そこで、まずは、ここのしろいとんかつに耳かき一杯ほどの塩を振りかけて食する。

柔らかで上質の肉の甘みが口いっぱいに広がり、また、衣はサクサクとふわふわの間くらいの食感。とんかつ感は失われていない。この白い衣のスタイルがかえってこの店のとんかつをとんかつたらしめているわけだ、きっと。

この孤高のとんかつの食べ方の最適解というものはあるのだろう。しかし、私自身はSNSなどで確認することもなく、いまだに前半は塩で、後半はソースで頂くことにしている。みなさんは、きちんとネットで調べてみてください。白いとんかつの食ベ方について、グルメな方たちが模範解答を公開してくれているはずだ。

なりくら、聞けば阿佐ヶ谷にある「成蔵」のお弟子さん(?)がはじめられたものか、もしくはのれん分けを許されたお店らしい。ボリューミーな肉の盛り具合、独自を貫くそのスタイルに、阿佐ヶ谷、そして高円寺や荻窪界隈のロックなテイストが残っているようだ。

馬場の学生たちを客に当て込むには値段設定が高めだし、馬場のサラリーマン相手にするには…やはり値段設定が高めである。どういった経緯でこの地に店を開こうと思ったのだろうか。

しかし、賽は投げられた。そして阿佐ヶ谷から遠く離れたこの場所で東京にその名を轟かせる名店がこの世に産み落とされた。

とんかつの揚げ具合を見つめる店主は、哲学者のように物静かであるが、さてはて、きっと、なかなかの勝負師にちがいない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?