アルデンテは死んだ「リトル小岩井」
東京駅のお隣、大手町駅に古くからある大手町ビルの地下には、古びたレストラン街がある。大手町界隈の手軽に飲めるお店の面々を取り揃え、いまもむかしも、変わらぬ賑わいをみせている。
大手町ビルは細長い形をしているのだが、丸の内線大手町駅よりの、すこし奥まった場所に、リトル小岩井はある。ビアホールのすぐ近くなのだが、お昼も夕方も、なかなかの客入りだ。しかし、この店はアルコールが売りではない。
おおなかがいっぱいになるパスタ、いや、スパゲティを出す。
この店の必食ともいうべき二品推薦させていただきたい。
ジャポネ、あるいは醤油バジリコ、そしてナポリタン…失礼、三品でした。
ジャポネ、あるいは醤油バジリコは、その名の通り、醤油風味のお惣菜パスタとお考えいただきたい。「すでに茹で上げている」スパゲッティを、熱々のフライパンで炒めあげるスタイルだ。具材の玉ねぎ、ベーコン、ピーマンは、お昼営業に行くと存在感があるが、夕方営業に行くと端切れ感のある細かな破片になっている。しかし、だからと言って、夕方が昼時に劣るかというとそんなことはない。夕方には夕方の、味わい深さがある(説明しにくいが)。
キッチンカウンターが高いため、厨房の様子はよくわからないが、ゆで上げたふにゃっとしたスパゲティを具材とともに炒めたのち、醤油などのソースをじゅわーっとかけまわして「追い炒め」をしているのではないか。つぎつぎ来店するお客に合わせて、狭い店内に盛沢山の一皿が運ばれると、両隣のお客たちは他人の一皿を盗み見をする。
(今日はジャポネにすればよかった!)
たちまち後悔の念が沸き上がる。
そして、ナポリタン。こちらは昭和の喫茶店メニューのナポリタンをまず想像してほしい。あなたが想像したナポリタンに、大さじ8杯のケチャップを加えてください。そして、玉ねぎなどの具材はひとつまみ分足してください。そしてそれらを、熱々のフライパンで、五分ほど炒めつけてください。それがリトル小岩井のナポリタンです。
ナポリタンは、客席に備え付けてある粉チーズをたっぷりかけていただいちゃってください。それ以外にかけられる言葉がありません。
お見込みの通り、この人気店のスパゲッティは、アルデンテとは無縁の代物である。めんはぶっとく、やわらかい。市販のお弁当の付け合わせに使われているパスタレベルのゆで具合である。ハンバーグの下でふにゃっとなってるやつ。良いようにあえて言うなら、和製スパゲッティの最高峰、喫茶店のナポリタンが、惣菜店の力強さと、丸の内ビジネスパーソンの「これが食いたい」という欲望のエネルギーを注入されて、進化を遂げたようなものである。超サ〇ヤ人ゴッドSSスパゲッティバージョン、丸の内に降臨である。
店の常連など、「ナポ、油すくなめ」なんて通な注文をする人もいて、たまたまそんなときに遭遇すると愉快な気分になる。
…いつかあなたも「油少な目、でも大盛り」なんて洒落た注文をしてはいかがでしょうか。健康を気遣って。