《詩》低体温
<きょうから毎朝 検温してください>
<微熱か平熱かを書いて提出してください>
まくらもとに置いていた体温計を
朝のシーツのなか 手探りでみつけだす
湿度のたかい部屋に ひとり 六月がおわり
プラスティックのケースから
するりととりだす
電子音が鳴った瞬間
目前にみしらぬ人が立っていた
誰かと似ているけれど誰にも似ていない
そっと右手をこちらの額へあてて
少しの間じっと まっていた
「体温、低いですね」
「はい、まあ。5.5くらいですか?」
「だいたいそんなもんです」
だいたいってなんなんだと
おもいながら目があう
「みんなひくいんですよ、いまどき」
「いまどき、」
「体温以外にも、空とか空気とかも」
「空も?」
思い出した
「あなたのところも こんな感じですか」
「いまよりはすこしだけ高めかなぁ」
このひとが誰だったかということ
ちいさくわらって
こちらの手をとり 自分の額へとおしあてた
じんわりひろがるあたたかさ
風邪をひいたからではなく
細胞がなにかを思い出したような
もっと根源的な熱だった
心の底でながれる小川のような熱だった
また桜が咲くころに
ピピピと電子音が鳴り
数字を入力して
乾いた季節と一緒に
だれかに提出した
古屋朋
2024.10.21 修正