《詩》祈り
透明な実と実がとけあって
いつの間にか湖のなかへ落ちていた
もう空は見えない
静まりかえった水底は
ひろすぎず せますぎない
ひと泳ぎもすれば向こう岸に行けるほどの幅
心と心のあいだにある
それはかなしくもあり尊くもある幅
小魚 波紋 と まばたき
さしこむ光が底におおきな満月を描き
水底にすむものたちを照らす
月の栄養を食み
ひとしれず成長したかれ(ら)は
胸のまえで手をあわせ
かろやかに泳いでいった
着くはずの向こう岸がみえず
水底はいつの間にか暗くなっていた
ひろく ひろおく なっていた
足もつかない恐ろしさに
かれ(ら)の輪郭はちいさな魚たちになって
小さなものや大きなもの
あわい色のものからみつけやすい色のものまで
かれ(ら)はさらに大勢になり
どこまでも泳いでいくことにきめた
ずっと一緒ではない
各々の道へとわたっていき
月が沈むころにはもう見えなくなっていた
水面から顔を出す
うすらぐ宙を浴びて
かれは骨を
肉を
肌を得た
伸びていく身体にしたがって
命にしたがって
ひとりそこに立っていた
形成されるまぶた
そのなかで生まれる瞳のすべて
虹彩がひとすじずつ配列され
さざなみのように打ち寄せた角膜
まつげが生え 縁取っていくなか
かれがみたものは海だった
鴎の啼く 青い さっぱりとした
海だった
一度失った空さえも
星をたくわえて伸びやかに いる
お礼にと
水をすくい
天へと 心へと ささげた
しずかで真っ白な時間
この世界にどれだけいるかわからない
どこにでもいて いつまでもいる
たくさんのかれ(ら)に降りそそがれる
あたたかなもの
あたたかなもの
古屋朋