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今までの人生21(もうどうしていいのかわかんない)

母との電話を私は無言で切った。

もう誰とも話したくない。

誰とも関わりたくない。

何もしたくない。

誰もわかってくれない。


どこか・・・
誰も私を知らない
遠くに行きたい。

とりあえず処方された薬を飲んで
唯一楽しみだったPCのチャット仲間の
その中でも特に長い付き合いのあった一人に
状況を話した。

誰とも話したくない。
なのに誰かに聞いてほしい。
解って欲しい。

そうゆう気持ちもあるのだ。

ネット親友は

「なんとなく、最近調子おかしいなと
   思ってたから別に何も驚かないし。
   知り合いにうつ病の人もいるし
   今までと何も変わらないよ!」

と、言ってくれた。

もう誰とも話したくない。

誰とも関わりたくない。

何もしたくない。

誰もわかってくれない。


私は今までのネッ友仲間には休職したと話し
薬を飲んで、寝て、起きて
食欲がある時はご飯を食べ
チャット仲間とチャットをし
時間になったら眠剤を飲む。

考えることは薬は飲もう。
薬を飲んでいれば治るんだから。

そう思うだけの生活をした。
治ったらまた元気になって仕事が出来る!

本気でこの時はそう思っていたのだ。
薬を飲んでいれば
すぐうつ病は治って
元に戻れると・・・

外出が苦手になったため
ネットスーパーを活用し
本当に必要最低限しか外に出られなくなった。

預貯金が数万円になったころ
区役所から書類が届いた。

生活保護の申請書だ。

普通の人には何ともなく出来る書く作業。
私は書いている内容もあまり理解が出来なく
(頭に入らない感じ?)
頼れる人もおらず・・・

病院に電話しました。
仕事を辞めるために協力してくれた女性に
相談をするためだ。
結果はNO

「そこまでのお手伝いは出来んないんです。
 書類はあくまでご自身で記入し
 ご自身で提出していただかないと。」


当たり前だ。
今ならわかる。
でもこの時はそれがわからなかったのだ。

人と話をするのも苦手になっていた私には
電話する作業も苦痛だ。
でも放っておけば生活できない。

区役所に電話する。

現時代ではもっと助けてくれる機関が
あるのかもしれないが
私の時代はなかった。

区役所の福祉課に電話をした。
結果はNO

「そこまでのお手伝いは出来んないんです。
 書類はあくまでご自身で記入し
 ご自身で提出していただかないと。」

書きたくても書き方がわからない。
コピーして添付するのに
どうしていいのかわからない。
もう頭の中はぐちゃぐちゃだ。

提出しないとならないのは理解出来る。

「もう貯金残額が数万円しかないので
 来月の家賃や生活費がありません。」

と、伝える。

「でしたらもうあと3日後までに提出して
 いただかないと
 生活に支障が出ると思いますので
 書類持参してください。」

郵送ではもう間に合わない。
でも書類も書けない。
電話では冷たい対応。

母とも連絡は取っていない。
もうあと3日後・・・
そこまで言われても
どうしていいのかわからず・・・

相談したのはネッ友の親友。

あー・・・
私は親にも助けてもらえず
リアルで相談できる友達もおらず
消えたいなぁ
存在してる意味ないなぁ

と、泣きながら話した。

でも私はこのネッ友親友の言葉
やっと行動することが出来たのだ。


今日はここまで


いつもは朝活で
朝投稿しているのだが(汗)

実は昨日メンクリで
就労支援B型の許可をもらい
役所に提出しておきます。と

無理はしないという約束で
許可を出してもらった!

嬉しくなって天気も良かったので
1時間半かけて歩いて帰宅した(笑)

ドーパミン出まくっていたのか興奮して
嬉しくてなかなか寝付けなく
6時には起きたのだが
熱を測ったら37.4℃

朝活中止。
熱が下がったら午後活にしよう
と思いこんな時間の投稿。

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(てみ)T3_Style
30代後半でうつ病になり、 病気になった原因や、 51歳を機に第二の人生を歩もうと未来を望むことを決めた、 これからのことを綴っていきたいと思います。