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円周率・その4:清水健一「大学入試問題で語る数論の世界」

3月14日は、世界的に円周率の日である。

このように書くのは、4度目だ。つまり、孫娘の3歳の誕生日を迎えることになる。円周率の日に生まれたからには、将来、数学に強くなるはずである。物理学を専攻したじいじが負けるわけにはいかない。また、難しい問題に直面したときにどう対処するか、基本的な態度を身につけてほしい。そのようなことを将来に孫娘にうまく伝えたいと考えるにつけ、少しでも私自身が勉強しておこうと、毎年、この日に数学の本を読んでは note に思うところをまとめて投稿しているのだ。

おかげで 3.14 の奥深さを改めて認識し、無理数や超越数について改めて学び、また円周率を自分で計算してみたりした。

数というのは不思議である。概念でありながら、人間の行動や社会のありようを支配する力を持つ実体でもある。世の中には "money, money, money …. " と追い立てられ追い回す、成果とKPI、数字しか見ない人もいるくらいなのだ。

円周率といえば無理数で超越数だ。しかし、数字を見る人は「結局どうなんだ」ということで割り切りと切り捨てで整数、あるいは自然数、そして有理数で見る。ちなみにKPIは有理数だ。

そして、今年は宇宙際タイヒミュラー理論から年を明けた。

と、いうことで、今年は、数論に関する知識を得ようと、清水健一著「大学入試問題で語る数論の世界 素数、完全数からゼータ関数まで」と題するブルーバックスを読んでいる。

第1章が素数の魅力、2章は完全数・メルセンヌ数・フェルマー数、3章はピタゴラスの定理について、そして4章が黄金比とフィボナッチ数列、5章はパスカルの三角形と多角数と分割数そして暗号、6章が単位分数、そして7章がゼータ関数、という全部で7章構成となっていて、バラエティに富んだ数字の世界の奥行を感じさせてくれることだろう。

そして、大学入試問題を題材にして各テーマを論じているが、中学から高校程度の数学を見直しながら読むにはちょうどよいはずだ。難しい計算や論理、そして複雑な場合分けはほとんどない。

私はそれぞれの問題や式の展開を細かく自分の手で追うようなことをせずに読んでいる。単に面倒だからだが、それはひょっとしたら本書を読む楽しみの8割を失っているかもしれない。各問題について鉛筆なめなめ取り組んでみて、その上で手を動かしながら読み進めることをおススメする。自分でしていないのにおススメするのもなんだかなぁとは思うけれども。

素数のおもしろさもさることながら、たとえば曲線のなかに有理点(整数の分数で表すことのできる座標)がどのようにあるのか、とか、フィボナッチ数列やリュカ数列(リュカ数列というのは恥ずかしいが私は知らなかった。)、そしてその一般系など、面白く読んでいる。

また、大学入試問題が単に思い付きや受験生へのチャレンジあるいは難問奇問などを出そうとして作られているわけではないことがわかるだろう。

大学入試問題だけではなく入試問題一般に言えることかもしれないが、たいていは、その先に習うであろうもう一歩進んだ概念、あるいはさらにその先に一般化されて豊かな理論が作られている、そういったことを下敷きに、その導入であったりわかりやすい特殊なケースなどをとりあげて問題が作られていることが多いと思う。


そういえば、この間、Webサーフィンの途中で次の記事を興味深く読んだ。

【佐藤優】「何者かにならなくてはならない」という強迫観念はどこから来たのか? | Business Insider Japan

この記事の冒頭で佐藤優が中学入試問題の一例として次のような問題をコメントとともに紹介していた。

佐藤さん:小学校高学年の彼らがどんな問題を解かされているか、実例を挙げてみましょう。
" 「1、3、4、5、7の5枚のカードから2枚を選ぶ。この時できあがる2桁の数字のなかに素数はいくつあるか? ただし同じカードは引かないこととする」"

【佐藤優】「何者かにならなくてはならない」という強迫観念はどこから来たのか? | Business Insider Japan

正解は10個なのだが、皆さんはどのように考えただろうか。佐藤優は「1から100までには素数が25個あるのですが、いま中学受験をする子どもたちは問題を早く解くために100までの素数を全て暗記しておく必要がある」と記事でコメントしている。

では、本当に100までの素数を暗記していることをこの問題は求めているのだろうか。

それは私は違うと思う。そんな必要はない。

小学生のころの私がどう考えただろうか、というのはおいておいて、どう私が解くか、簡単に記しておこう。ほとんどの人は同様に考えると思う。もっと効率的な方法があるかもしれないが、以下の感じだろう。

(1) 1の位が4と5の場合は素数ではない (2、5で割り切れる) から除外できる。
(2) したがって、73, 71, 57, 53, 51, 47, 43, 41, 37, 31, 17, 13 の12個のみが候補となる。
(3) ある数が素数であることを判定するには、その数の平方根の数まで割ってみて割り切れなければ素数である。最大の数字が73だから9までの素数 2, 3, 5, 7で割って試せばよい。
(4) 試す素数のうち2, 5 は(1)で除外したので、3と7だけで割ってみればよい。
(5) 九九を覚えていれば、7で割り切れるかどうかの判定は、順番に睨んでいけばすぐにわかる。7で割り切れる数字はない。
(6) また、3で割り切れるかどうかは、10の位の数と1の位の数を足して3で割り切れるかどうかで判定できる。
(7) じろっと数字を順番ににらめば、51と57だけ3で割り切れることがわかるので、この2個は除外する。
(8) よって10個となる。

前提として素数とは何かを知っていないと問題は解けない。それがわかっていれば、偶数は2で割り切れるから素数ではないこと、15, 25, 35など1の位が5なら5で割り切れるから素数ではないことは自明なので、 (1)と(2) は、問題を見た瞬間にちょっと手を動かして試してみれば (playing around) すぐにわかることだろう。

焦ってしまうと、(2)の段階で「解けた!」と思って 12個、と回答してしまうかもしれない。

あるいは、12個ととりあえず解答欄に記入して、他の解ける問題をしっかりと解いて解答し、そこで時間が余ったら戻ってきてじっくり考えよう、とするかもしれない。

(3)がキーになる。むやみと割ってみないとわからないとなるとツライが、これも素数がどういうものかわかっていれば落ち着いていれば大丈夫。

最初に73を小さいほうから順番に素数で割って試してみると感触がつかめるはずだ。例えば73÷11=6余り7だから、73÷6=11余り7と同じ計算をしていることになることはすぐにわかる。だから100までの全部の素数で割ってみなくても素数の判定ができることは、ちょっと手を動かしてみる (Playing Around) とわかるものだ。

落ち着いて考えれば(4), (5), (6), (7) あたりでつまづくことはないと思うが、慌てていたり気が散っていたりすると、ミスするかもしれない。

だから、この問題は、
(1) 素数とはなんぞやと知っているか
(2) 素数の判定方法について知っているか
(3) わからない問題を解くにあたって「まず試してみる (playing around) 」習慣があるか
(4) 慌てずに落ち着いて問題を解くことができるか。思い込みやイージーなミスをしがちか、詰めが甘いことがないか。

というような点を試しているとも言えるだろう。 (1)は前提として、特に(3)を試しているのかもしれない。

playing around という言葉は、ドイツの研究所にいた元同僚、現キール大学教授 ヘフトさん (Michael Höft) が好んで使っていた言葉で、困難な問題に直面したとき、私はいつもこの言葉を思い出す。

あわてるな、あわてるな、まずは、playing around。

まずは恐れずに、思いつくままいろいろ試してみる。そしてそこからどう解決に導くのか道筋を考えていく。行き詰ったり追い詰められた局面でも有効だ。

また、上に記した 4 点以外に試していることがあると思う。それは、習ったことを単に暗記したり繰り返し練習したりするだけではなく、そのテーマに興味を持って本やWebをあたって広く調べたりしているだろうか、そんなことを試しているのだとも思う。

このようなことは本書「大学入試問題で語る・・・」を読むと感じ取れるのではないか、と思う。一見突飛に見える設問でも、奥深い数学の面白さに通じる入口だったりする。そのような興味をもって様々な問題に取り組んでいるかどうかを試しているとも言える。

ある特別なケースについて暗記することは数学の本質ではない。暗記しなくてもいいように一般化して概念にすることが本質だ。それは自然科学を研究するうえで、あるいは科学的な思考をするうえでとても大事なことだと思う。


今、この問題に答えることが重要なのであって、その背景や概念なんかには興味ない、という人は chat GPT や AI で簡単に置き換えられてくるだろう。今だって Webで検索すれば事足りるのだ。効率一辺倒の世界では効率で勝負しないほうがいい。

むしろ、playing around。

これからの人材は、たとえて言えば素数の性質の面白さや無理数や超越数の不思議そして円周率について、習ったことを習った範囲だけでなく、自ら興味を持って広く深く playing around 試し調べ考えることのできる、そして新しい概念を捉えることのできる、そういった思考が求められていくだろう。


残念ながら、私が呑気に生きてきた時代は過ぎていく。娘夫婦も孫娘も頑張って世の中を渡って行ってほしい。合言葉は playing around、 円周率の日の誕生日に寄せて切に願うものである。



■補記

トップの画像は、先月に娘と孫娘が東京に遊びに来た時のすみだ水族館での写真だ。特別に娘の許可をもらって使っている。


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