愛と生命の環:ラハット・ファテ・アリ・ハーン Rahat Fateh Ali Khan "Afreen Afreen"
パキスタンにおけるイスラム神秘主義・スーフィイズムの儀式で歌われる宗教歌でカッワリーというのがある。1980年から1990年のワールド・ミュージックブームにのって、カッワリーとその第一人者のヌスラット・ファテ・アリ・ハーンは世界に広まり、私もレコードを買い求めて聴いた。
2年前だったか、南アジアのパーカッションとリズムにアコーディオンのアンサンブルに乗って朗々と歌い上げる力強い歌声が飛び込んできた。あれ?これヌスラットが歌っているのではないか?それにしては現代的な歌だ、と調べてみると、ラハット・ファテ・アリ・ハーン。ヌスラットの甥っ子さんで、小さいころからヌスラットの演奏に参加し、ヌスラットに自らの後継者とされたということである (*1, *2)。
まずは、再生回数 3億回越えの、Coke Studio Season 9 (*3) (公式サイト: Season 9 - Coke Studio Pakistan) での "Afreen, Afreen" を聴いてほしい。
上質なAORを思わせるイントロから静かに始まり、3'50"あたりからの盛り上がりはゾクゾクくるし、5'40" からカッワリー独特の歌唱を少しチラ見せして、しかもくどくなく自然に終わる、抑制がきいて余裕を持ったこの歌いっぷりで包容力たっぷりのラブソングとなっている。
ポーズも手の動きもどっしりとした落ち着いた感じで魅力的だ。
なお、左の女性は 2'35"あたりから1分弱、挿入歌を歌い美声を披露するが、この方:Momina Mustehsan はパキスタンを代表する女性シンガーで、2017年にBBCによって世界に最も影響力のある女性の一人に選ばれたほどの人らしい(Momina Mustehsan - Wikipedia)。ただし、レコーディングはほとんどないようだ。
カッワリーは、パーティと呼ばれるグループで演奏される。リーダーの歌い手、先導あるいはフォローする二番手とコーラス、手拍子とタブラなどの数種類のパーカッション、ハルモニウムという箱型のアコーディオンのような楽器がかかせない。
2014年のノーベル平和賞授賞式でのコンサート動画は凄い迫力だ。ギターやベースにドラムス、シンセやサックスなどの馴染みのある楽器も上手くブレンドして聴きやすいアンサンブルになってはいるし、照明や巨大なディスプレイもあって楽しめる。
冒頭の3分あまり、普通のポップスのようなバックに乗ったソロの歌唱も圧倒的だがこれは導入にすぎない。3’27"付近から一気にパーティが前面に出てカッワーリ全開の演奏になってからの疾走感とエネルギー、全体で10分あまりの動画だが、あっという間だ。
彼はまたプレイバックシンガーとしても有名で、ボリウッドとパキスタンの映画で多数の録音をしている。YouTubeでも、映画のダイジェストとともに、よりどりみどり楽しむことができる。
再生回数なんかでうんぬんするのはまったく私の意に反するのだが、このビデオクリップは、なんと、12億4700万回超だ。。
愛をテーマにした曲やアルバムが目につく。 "Love Sufiana" とか "Back 2 Love" など。
神を通じて信仰を通して相手を愛で、そして愛を語っているらしいところが、イスラームならではと感じる。つまりは、あなたがここにいるのも、あなたがこんなに美しいのも、あなたへの私の愛も、すべては神の意志のまま、ということなのだろう。
神への愛と感謝をささげることによって、あなたがここにいることへの感謝とあなたへの愛を捧げる、ということなのだ。
いや、全曲歌詞をチェックしたわけではないし、そもそもYouTubeの翻訳字幕で見る程度、言葉が通じないので私の理解には限界があるので大きな誤りかもしれない。
実際、カッワリーは宗教音楽であるからして、その歌詞が重要であり、それがわからないということでは、ごく表面的な部分を楽しんでいるだけだ、ということは理解している。
ただ、そうはいっても、商業音楽として流通し、私を含め多くの人を熱狂させているのは事実であって、その圧倒的な歌唱とともに、伝統的なカッワリーに現代的な要素をとりいれ、多数の映画音楽に関わり、大仕掛けのステージでのツアーなど、多方面にわたる活動量とあふれるエネルギーには、ただただ目を丸くするばかりである。
そういう意味でも、確かに、世界へカッワリーを知らしめたヌスラットの真の後継者と言えるだろう。
スーフィーといえば、繰り返し反復するリズムに合わせて回転する踊りで、踊っているうちに忘我の境地に達するこ旋回舞踏が有名だろう。カッワリーではそういうイメージが薄いのだが、どうなのだろう。
この記事を書いている間にふと、Abi Sampa という人を知った。カッワリーのエッセンスを強めに残しつつ現代的な音作りで聴きやすいのと、踊りの映像が綺麗だ。
洗練された衣装にせよ振付にせよ、スーフィーの踊りを現代風にアレンジしたダンスなのではないかと思うのだが、それともこれは伝統的な踊りのそのままなのだろうのか。語るだけの知識を持ち合わせていないので、保留にしておく。どなたか詳しい方がいたら教えていただきたい。
アビ サンパ, ネットで調べたところでは、情報がほとんど見当たらなかった。ロンドン生まれらしい。(Abi Sampa - Wikipedia)
時間と空間を超えた全知全能の神は、有限の時間空間に生きる私たちにとって超越した存在であるからして、コミュニケーション=人格的な関係をとれるわけではない。しかし、預言者を通じて、あるいは聖典を通じて、私たちの言葉を通じて人格的な関係が結ばれた、と考えられたわけだ。
しかし、スーフィー、神秘主義はそのようには考えなかったのではないだろうか。神の意志は言葉では表し切れていない。旋回して踊っていくうちに言葉を忘れ自我を忘れ、忘我の境地に達するなかに、神の意志と一体になることができる。神の意志とは、すなわち、私たちが今生きてること、つまりは生命そして愛。
旋回する愛と生命の螺旋。私たちはどこから来てどこに行くのだろうか。
■ 注記
(*1) ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン
圧倒的な声量で歌う長尺の一音の中で自由に音程を操る歌いっぷり、強烈だった。1985年ごろのライブだと思われるヌスラット・ファテ・アリ・ハーンの動画も貼っておこう。
もう一本。どこかのホールでの演奏のようだが、観客が次々にお金をステージに持ってくるなど興味深い。
この動画で、ヌスラットの左手前にいる少年が一緒に歌い、ヌスラットとの見事な掛け合いも見せている。声変わり前の高い声で、しかし力強く堂々とした歌いっぷりだ。ヌスラットが出来のいい弟子を試しながら暖かく見守る感じが満点だ。たとえば 17:30"あたりから。コメント欄によればこの少年がラファットであるらしい。
Spotifyではヒット曲集を中心に、たくさんのアルバムを聴くことができる。スクロールしてもしても新しいアルバムが現れる。もう、全部聴いておススメ曲を選曲するのはとても無理なので、とりあえず目について、No.1 Hits というのをリンクしておこう。この一枚を聴くだけでも 3時間36分だ。
(*2) Wikipediaやそのほかの Website で改めて調べて、この一週間くらいで仕入れた知識だ。
Wikipediaによれば
(*3) Coke Studio Pakistanについて
■関連 note 記事
インド映画のプレイバックシンガーとしても活躍しているラハット・ファテ・アリ・ハーンなので、私が愛している シュレヤ・ゴーシャルとのデュエット曲もある。YouTubeで目についたのを貼っておこう。
シュレヤ・ゴーシャルについては以前に記事を書いた。