弾道ミサイルと赤外線天文学
先週、この状況下で「俺たちのことを忘れないでくれ」とばかりに北朝鮮がミサイルを発射し日本のEEZに落下したわけだが、あらためて公海、EEZ、領海、接続水域、国境、それぞれの定義を確かめるいい機会になったかと思う。高度6000km強、飛翔距離1000km強 ということで、北朝鮮は、着実に技術をワンステップ進化させてついにワシントンやニューヨークなどアメリカの主要都市を射程に入れたことを示したわけだ。
これまでの北朝鮮の核・弾道ミサイル開発の分析については、防衛省の次のまとめスライドがわかりやすい。
[20221年1月 防衛省 pdf] 北朝鮮による核・弾道ミサイル開発についてhttps://www.mod.go.jp/j/approach/surround/pdf/dprk_bm.pdf
さて、上に「アメリカの主要都市が射程に入った」と書いたけれども、本当にそうだろうか。弾道ミサイルのあれこれについては、次の本、多田将著 「弾道弾」が非常に参考になる。
・・・というか私も読み始めたばかりなので、感想はいずれ書くこととする。が、冒頭の第2章を読んで第2章の最後に載っているグラフを参照するだけで、今回報道されている高度と飛翔距離から最大射程距離がだいたい15000kmを超えるくらいだろうと見当をつけることができる。ニューヨークやワシントンは北朝鮮から距離11000kmくらいなので、これらの都市が射程に入ったと言ってもよいと確かめることができた。
なお、この本には詳しい解説つきの計算式が付録に載っているので、北朝鮮発表の高度 6248km と飛翔距離 1090km から射程距離は17760km、あるいは韓国合同参謀本部の当日分析の高度 6200km と距離1080kmから射程距離は17260kmという具合に、おおまかな最大射程距離を自分で計算して求めることもできる(*1)。
ところで、高度6000kmというとどんな高さなのだろうか。計算して確かめてみた射程距離はすでにメディアでも喧伝されているところだし、ニューヨーク・ワシントンまで届くといえば、なんとなくわかるだろう。とはいえ、その高度はぱっとイメージしにくいだろう。
普通の国際線の飛行機で高度10000m = 10km 弱くらいだ。当たり前のことだが、この高度では薄くても飛行機が揚力を得る大気があるわけだ。世界最高峰のエベレストの高さが 8849m なのでそのちょい上あたりを飛んでいるわけだ。
高度10km以上が成層圏、50km以上が中間圏、80km以上が熱圏となり、さらに上の500km 以上が外気圏となる。大気は少しづつ薄くなって気圧がどんどん低くなるわけだが、明確にここからが宇宙という線引きはできない。改めてちょいと調べてみたら、だいたい高度 100km から上を宇宙とするようだ。
前澤氏が日本の民間人としては初めて ISS(国際宇宙ステーション)に12日間ほど滞在する宇宙飛行をして来たことは記憶に新しい。ISSの高度は440km程度である。外気圏と熱圏の境付近なので大気圏内ともいえるが、上記の定義からすると宇宙となる。
衛星は、低軌道であるほど回転周期が早くなる。ISSは地球の周りを約 91 分で一周するので、一日で約16周している。ISSの中が無重力なのは、宇宙空間だから無重力というわけでなく、それほど速く回転することによって無重力が実現されているわけで、地球の周りを落下せずに(落下し続けて)回転しつづけるからなのだ。
ところで、低軌道衛星を使った移動体通信というのがある。ISSよりも外側に衛星を多数配置して、つなぎ元の地上からの電波を受け、つなぐ先の地上に電波を届ける。
だいぶん以前からイリジウムというサービスがスタートしていて地上780kmの位置に配置された66機の周回衛星で、極地を含む全世界 (一部の地域を除く) をカバーしている。(イリジウムサービス | サービス | 法人・ビジネス向け | KDDI株式会社)価格は高いけれども、一定の需要はあるようで、1987年からサービスを開始していて歴史は長い。
イーロン・マスクの Space X やAmazon のKuiperが進めているのもあるし、「衛星コンステレーション」という単語は聞いたことがあるかもしれない。Space X のスターリンクについて Wikipedia によると次のような構成だそうだ。
衛星通信はこれからどうなる SpaceX独走、中国も加速、日本企業は? | ビジネスネットワーク.jp (businessnetwork.jp)
ソフトバンクと One Web が進めようとしているのが高度1200km で 計648機(18本の軌道に36機ずつ)の衛星で全世界をカバーしようとしている。(ソフトバンクとOneWeb、2022年に低軌道衛星ネット事業を全世界で--年内は北緯50度以北 - CNET Japan)
もう一桁上空に上がってみよう。
みなさんの使っている携帯電話で時刻と位置情報を取得するのにGPSが使われているのはご存じだろう。GPSを構成する衛星は高度2万kmあたりだ。周期12時間で、24個の衛星で構成されているということだ。
さらには「ひまわり」などの静止衛星が高度約3万6000km程度だ。「インマルサット」という静止衛星を使った通信サービスもあって、同じ高度の衛星だ。 4つの静止衛星を使用しており、極地を除いた全世界で通信が可能である。(インマルサットサービス | サービス | 法人・ビジネス向け | KDDI株式会社)
そして、月と地球の距離がもう一桁上、38万kmとなっている。
このように見てくると、高度6000km という高さのイメージが少しわくだろうか。ちょっと絵を描いてみた。
ところで、1990年に打上げられたハッブル宇宙望遠鏡は高度600km程度となり、ISSのちょいと外側を周回している。
打上げてみたら鏡のほんの少しのひずみのせいで像がボケていた。1993年にスペースシャトルで人を送り込み改修をして綺麗な像が得られるようになったのだった。チャレンジだったとはいえ、手の届く高度だったわけだ。次のNHKのサイトに面白い記事があった。わかりやすいしおススメだ。
ハッブル宇宙望遠鏡からジェームズ・ウェブ宇宙望遠鏡へ|読むらじる。|NHKラジオ らじる★らじる
後継機となるジェームズ・ウエッブ宇宙望遠鏡は昨年末に打ち上げに成功した。こちらは高度という点では別格で、太陽と地球との三体でバランスするラグランジュ点 L2 にあり、地上から約150万kmの高さにある。
ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡、ラグランジュ点L2 に到着 | Northrop Grumman
NASAの宇宙望遠鏡「ジェームズ・ウェッブ」から星の初画像とセルフィー届く - ITmedia NEWS
太陽から見て地球の裏側に位置するのだが、月と地球の距離が38万kmなので、実は月よりもずっとずっと遠い。こうなると、地球の周りをまわっているというより太陽の周りを地球と並んで(同じ角速度で)回っているといったほうが正しそうだ。
現在、鏡の位置など各種調整中だ。予定どおりにいけば、今年の夏くらいから観測が始められるという。
そもそも大きな口径の鏡を使い、精度よく調整ができるので分解能が高い。さらに大気の揺らぎによる影響をまったくうけないので、理想の分解能が得られる。
そして赤外線を用い長い波長の光を観測する。赤外線は目に見えないので、半導体の検出器で観測するのだ。絶対零度に近い低温であることによって検出器の熱雑音が非常に小さくなるし、地球の影にいることで太陽からの雑音も少ない。そのため、より微弱な信号を受信できる。さらに赤外線は波長が長いために地球に届くまでの途中で散乱しにくい。長い周期の波が小さな粒子をまたいで伝わって来るイメージだ。
つまり、より遠くの様子をより高精細に観測できる、というわけだ。
覗く宇宙は130億光年より先、ビッグバン後に最初に生まれた星雲を観測したいというのが主なミッションだ。
私たちに、どんな新しい発見をもたらしてくれるだろうか。興味はつきない。
さて、ICBM(大陸間弾道ミサイル)も人工衛星や宇宙望遠鏡も、月や惑星も、同じ物理法則によって運動している。そして、ほとんど古典力学と重力法則で理解できる範囲だ。必要な道具は四則演算にべき乗と平方根、三角関数、簡単な微積分であって、数百年前の知識で十分な範囲ではある。
血で血を洗う地上のいざこざと、それをじっと空から見ている数々の衛星群とルビジウムで時刻を刻み騒々しく世界をつなぐ通信網、そして130億年以上も前の微弱な光をとらえようと、じっと天空を見ている望遠鏡。
私たちはどこから来てどこへ行くのだろうか。
■注記
(*1) 日本海に着弾、というと一瞬思うのが「たいして飛ばないんだな、もう少しちゃんと狙うと日本に届くのか」ということかもしれない。が、真上に打上げて実験をしているのだ。狭い公園で隣の家の窓ガラスを割らないように真上にボールを投げて、高さをもって肩の強さを競うようなものだ。
計算式は空気の抵抗の影響や姿勢制御などによるプラスマイナスは考慮に入っておらず、また、今回のミサイルと同じ重量の弾頭が載ったとしての計算だ。本文に「おおまかな射程」と「おおまか」をつけたのはそのような理由による。
高度と距離の数字は次の記事から拾った。
北朝鮮「火星17型発射した」とするが…韓国軍当局は火星15型と推定 | Joongang Ilbo | 中央日報 (joins.com)
記事の内容そのものは、進化させた次の世代の弾道ミサイルかどうか疑義があるとのことだが、軍事関係の評価・分析は私にはさっぱり不明であるので、本記事をリンクすることに特に意味や意図を持たせているわけではない。
なお、多田将著「弾道弾」付録11 の式にしたがって計算したのだが、Python の数式処理ライブラリ SymPyを援用した。f(x, y, z) = 0 の形のちょっと面倒な式を x = g(y, z) と解きたかったのが簡単にいかず、以前ならゴリゴリ手計算で解かないといけなかったところが、SymPy を使うと solve (f, x) 一発で x の解の式が求まったので、手間を省いてそれを使った。
■ 関連 note 記事
人工衛星もそうだが、地球の周りをスペースデブリというゴミが大量に周回しているのはみなさんも聞いたことがあるだろう。また、隕石衝突の脅威も忘れてはいけない。
他に宇宙物理に関する本で感想を note に投稿しているので、興味ある方はそちらもどうぞ。