知は力なり:武村政春「生物はウイルスが進化させた」
そういえばウイルスってなんだったか、細菌との違いはどこにあったのか、そもそもウイルスは生物だったか、それとも生命を持つと言えるのだろうか、と改めて考えてみるとよく知っていないな、と思ったので、ブルーバックスの本書を購入して読んでみた。
ウイルスについてのストレートな解説本ではなく、話は、最近になって発見されて注目されているらしい、巨大ウイルスのミミウイルスを軸に展開される。そして最後にウイルスは生命かどうかという問題提起から、ヴィロセルというコペルニクス的転回と筆者が言う生命の捉え方に関する新しい見方を紹介している。
内容のほとんどは著者と一部の研究者が考えている仮説でもあり(著者自身が「おわりに」でそう書いている)、ちょっとクセがあるかな、と思ったけれども、語り口もカジュアルで堅苦しくなく読みやすくなかなか面白かった。多くの人が肩ひじ張らずに読めると思う。もちろん基礎的な知識は信頼できるものである。
本書を読んでまずウイルスの多様な世界に親しみを持って、専門用語に慣れると、巷に流れる情報も理解しやすくなること請け合いである。
ただ、私自身は、もう少しフォーマルな固めの文章が好みだ。
<写真は2014年9月に訪れた武漢の街角>
さて、ウイルスとはなんだろうか。本書は、巨大ウイルスを中心に話を展開しているので、今、私たちが直面している問題の 新型コロナウイルス:SARS-CoV-2 に関してちょっと見えにくい。本書を読み、その他にも少し本とネットを調べたので、にわか仕込みではあるが、SARS-CoV-2に関連する知識を自分のためにもまとめてみようと思う。
ウイルスは、私たち細胞からなる生物とは違う。ウイルスは、核酸・すなわちRNAもしくはDNAを、1つだけ持つ。これを「カプシド」と呼ばれる正二十面体のたんぱく質でできた殻が包み込む。細胞質やエネルギーを産生する仕組みを持たない。したがって、それだけでは生命活動がなされることはなく、物質といってよい。
インフルエンザウイルスやノロウイルス、新型を含むコロナウイルスはRNAを持つRNAウイルスである。ゲノムサイズはインフルエンザで900塩基弱から2300塩基強、ノロウイルスで7500塩基だが、新型コロナウイルス SARS-CoV-2 は3万塩基ほどとRNAウイルスとしては最長ということである。新型コロナウイルスは、SARSのRNAと共通の部分が多く(80%)、SARSの知見が役に立つ。
インフルエンザウイルスやコロナウイルスは、エンベロープウイルスといい、さらに脂質二重膜のエンベロープに覆われている。エンベロープウイルスは、他にエボラウイルスやエイズウイルスなどがある。このエンベロープとともに、表面には細胞にとりつくためのスパイクタンパク質を持つ。
<写真は2014年9月に訪れた武漢の街>
エンベロープとスパイクを持つためか、大きさは100 - 200 nm と比較的大きいが、細胞よりはずっと小さい。人間の細胞は10-20 um 程度のものが多く、つまりはコロナウイルスは人間の細胞の 1/100程度のオーダーの大きさとなる。ウイルスはこのように小さいので、通常のフィルタは通過するし、もし、空気中に漂っていたとしたら、普通のマスクをしていても防げない。
上述のように、ウイルスは物体と言ってよい。では、どのようにして、あたかも生命体のように増殖するのだろうか。ウイルスは、宿主細胞に侵入し、宿主細胞のエネルギー産生機能やタンパク質合成機能などを使い、自らを複製して増殖する。
まず細胞に吸着し、そして侵入する。吸着先の細胞を認識するのはスパイクタンパク質である。宿主細胞のレセプターに鍵穴に鍵がはまるように選択的に吸着する。新型コロナウイルス:SARS-CoV-2は、ACE-2というレセプターを使って人の細胞に吸着する。これは、SARSウイルスと同様である。
細胞に侵入する方法としては、大きくわけて3種類ある。
1つめの手段は細胞が異物を自ら取り込み処理する「貪食」によって取り込まれる。これは巨大ウイルスが宿主のアメーバに侵入する手段である。2つ目は、エンベロープが宿主細胞の細胞膜と融合して侵入する手段である。3つ目の手段はウイルス粒子が持つ菅を通して中の核酸を侵入させる手段である。最後のは注射みたいなものか。。
新型を含むコロナウイルスは、上述したようにエンベロープウイルスであり、2番目の方法で侵入する。
<写真は2014年9月に訪れた武漢の街角>
細胞に侵入したあと、ウイルスは自らを解体し、内部のDNA/RNAを宿主細胞内に放出する。なので個体としてのウイルスは見えなくなり、ウイルスの生態の中の「暗黒期」と呼ぶ。むしろ、このとき、ウイルスと細胞が一体になった生命体のように見える。
ウイルスを構成する核酸の複製と、カプシドを構成するタンパク質の合成は、宿主細胞のタンパク質合成機構によってなされ、大量のウイルスの構成要素の作成がされる。そして、複製された部品が組み合わさり、細胞から飛び出していくのだ。このとき、エンベロープウイルスは宿主細胞の細胞膜をエンベロープとしてまとって飛び出していく。
一個のウイルスが細胞に感染すると、5,6時間で1万個を超すウイルスのコピーが生まれる、という。そしてその結果、多くの場合、宿主細胞は破壊される。
では、ウイルスは飛び出していったらどうなるのだろうか。
別の細胞に感染できれば良い。そこでまた自身が複製され、また飛び出していく。それを繰り返していけば、ウイルスは生きていける。しかし、細胞の外に出てしまうと、死滅する運命にある。
例外もあるが、一般的に言って次のような性質がある。
1. 熱にとくに弱い。感染力は60℃なら数秒、37℃なら数分、20℃なら数時間、4℃なら数日で半減
2. 紫外線で不活化される。ただし、紫外線によるダメージは修復されて復活する場合もあるので完璧ではない。
3. インフルエンザやコロナウイルスのようなエンベロープウイルスの場合、洗剤やアルコールなどで容易に不活性化される。エンベロープが脂質を含んでいるため。
1 によって、細胞の外に飛び出たウイルスは、外に出て何かに付着しても暖かい時期なら数時間程度で感染力が半減する。これは、インフルエンザや風邪が冬に流行して暖かくなると収束する原因の一つ。これはSARSも同じだったし、CORVID-19も期待できる。
2 によって、空気中に浮遊しても紫外線で不活化される。原理的に、空気感染はまずないと言ってよい。
3 から、手洗いが重要であることがよく理解できるであろう。
<写真は2014年9月に訪れた武漢の街角>
さて、ウイルスにとっては細胞とは生きる場であり自らが繁栄する生活圏である。たとえば、宿主である人間がバタバタ死んでしまうような致死率が高いウイルスは、肝心な生きる場である人間がいなくなってしまうので、ウイルス自身も滅亡してしまう。
また、ウイルス自身が繁栄するには、まず、ウイルス自身の移動手段として、宿主の人間に咳をしてもらったり、出血してもらったりなどして、ウイルスが生きるために必要な細胞とともに宿主の人間から排出してもらう必要がある。だから、感染したらマスクなどをして、自分の細胞とともに周りに撒き散らさないようにすることが、ウイルスを繁栄させないために、大事である。
次に人間同士の接触(飛沫による間接的な接触も含め)が必要であり、ウイルスが繁栄するには、人間同士が密にいる場があるとよい。また、広い地域に広がっていくためには、宿主の人間に移動してもらう必要がある。細胞の中でしか生きられないウイルスは、いったん人間の外にでると、遠くに移動することはできないのだ。だから、宿主の人間と一緒に旅をする。逆に言うと、感染を広げないようにしようと思えば、人間の移動を制限するのは効果的だ。
<写真は2014年9月に訪れた武漢の街角>
ウイルスにとって、人間はかなり魅力的な生活圏だ。
地球上のあちこちに1千万人単位の人間が集まる都市がある。接触の機会は幾何級数的に増える。ウイルスにとって、都市に集まる人間たちは、広大な肥沃な大地かあるいは海に見えることであろう。そして、人間は、車や鉄道、船や飛行機で、移動する。ウイルスに感染した人がその移動時間中に死ななければ、ウイルスは移動先に無事に到着することができるわけだ。しかも、移動前に宿主に潜んでいることが、他の人間にわからなければなおのことよい。
このようにして考えてみると、COVID-19がここまで拡大した理由がよくわかる。逆に、インフルエンザのような治療薬もワクチンもないなか、よくこのくらいに収めているな、と思ったりもする。
このような基本的な理解から、次のことが重要だということは容易に理解できる。
・マスクは感染者が飛沫を周囲に飛び散らさないようにするに効果あり。
・マスクは外からの感染防止には限られた効果しかない。
・人間の移動を制限するのは非常に効果が高い。
・接触感染の機会を減らすことが大事。集会やイベント、そして、宴会などを制限することは非常に効果が高い。
・アルコールやせっけんや洗剤を使って、こまめに手洗いすることが非常に効果が高い。
人口1千万を超える武漢を封鎖してしまう思い切った手に出た中国の取り組み、日本を含めた各国の対応も、いろいろ問題がありながらも、なんとか抑え込んでいる感じだ。エボラや高病原性インフルエンザのように致死率が高いわけではなく、通算で3%ちょい、2月以降なら1%のオーダーであり、おそらくは1-2%くらいであろう。それほど恐れることはないとはいえ、通常のインフルエンザが 0.1%未満の致死率であるのに対し、10倍以上高い致死率だ。野放しにしたら大変なことになる。
未来に対する言いようもない不安、見えないものに対する不安は誰だって持つし、それで、トイレットペーパーを買いに走ったりして店頭か消えたりする。だけど、そういうことにも目くじら立てずお互いに慈しみの気持ちをもって許しあうのは大事なのではないか、と思う。私たちも皆、同じ人間だ。私はあの人たちとは違う、なんて思っている自分ほど注意するべきである。
敵はそういう人でもなく、差別でもなく、不安な将来でも、自分でもなく、敵は COVID-19 ウイルス。
そして、知は力なり。一人一人が、正しい知識をもって、慌てず騒がず対処すれば封じ込むことは可能だろう。100%わかってはいないから油断できないとはいえ、もはや未知の脅威ではないのだ。しばらくは苦しいときが続くとは思うけれども、まだまだこれから、でも、きっと近いうちに、乗り越えることはできるだろうと私は期待している。
Appendix:
■WHO、厚生労働省、ウイルス学会、国立感染症研究所、その他報道機関によれば、状況は以下のような感じです。
・中国ではすでにピークを越えたという観測で、封じ込めは可能であり、その努力はすべき
・致死率は通算で 3% ちょいで、インフルエンザ(致死率 0.1%かそれ以下)より高い、2月以降で見れば 1%以下、中国武漢では 5.8%だが中国そのほかでは 0.7% (2/26)
・致死率の各国の状況 (3/4):韓国0.5%, 日本(クルーズ船込み) 1.2% 日本(クルーズ船除外)2.2% イタリア 3.2%、イラン 3.2%
・感染効率はインフルエンザより低い、飛沫感染と接触感染で接触感染が支配的か、人混みを避けることと手洗いが有効
・高齢者や疾患を持つ方が重症化しやすい
・遺伝子とタンパク質の構造は2月中頃には解析済み、3万塩基対ほどのRNAで、直径100-200nm 程度、エンベロープを持ち、その周囲のスパイクタンパク質によって細胞に侵入する
・SARSと同じ受容体を使って人の細胞に吸着・侵入する。SARSの知見が有効
・治療薬とワクチンはまだ開発中。各国での努力で、いくつか有力な治療薬の候補が出てきているが、いずれも検証中
・感染の機会をできるだけ減らすことで、感染拡大のピークをできるだけ低く、ピークの時期をできるだけ遅らせるのが肝要。その間に治療薬の開発とより効率のよい検査の開発、医療の体制を整える(逆に言えば、まだまだ感染が広がり続けることは折込みずみ)
■関連リンク:
1. 新型コロナウイルス感染症について(日本ウイルス学会ホームページ:次のバナーをクリック)
2. 山内一也著「ウイルスの意味論」
多様なウイルスの世界を、19世紀後半から2018年の最新の研究まで、何本かの軸で研究史を振り返り、ウイルスに関する最新の知見を紹介する素晴らしい本。読みやすくコンパクトにまとまっている。現代人の必読書ではないだろうか。来週に読書レビューを、note に投稿する予定。
3. WHO Protect Yourself
https://www.who.int/emergencies/diseases/novel-coronavirus-2019/advice-for-public
4. WHOの 2月末に発表された分析は読みごたえあり
https://www.who.int/docs/default-source/coronaviruse/who-china-joint-mission-on-covid-19-final-report.pdf
5. 4の日本語での要約・報道(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200229/k10012308111000.html
6. WHOテドロス事務局長の3月6日のプレス会見の全文:
https://www.who.int/dg/speeches/detail/who-director-general-s-opening-remarks-at-the-media-briefing-on-covid-19---6-march-2020
7. 【感染症ニュース】新型コロナウイルス感染症(COVID-19) 日本国内においても患者発生数が増加しつつある中 いま私たちが行うべきことは
https://kansensho.jp/pc/article.html?id=IE00000472
8. NBDCブログ:研究データ・リソース
https://biosciencedbc.jp/blog/20200303-01.html
9. 国立感染症研究所
https://www.niid.go.jp/niid/ja/
10. 厚生労働省(日々状況はアップデートされています)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html
11. 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/newpage_00011.html
12. 対策の基本的な考え方
https://www.mhlw.go.jp/content/10200000/000603002.pdf
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