洋楽紹介8「Song of the South」世界恐慌後の新たな希望を描く歌
皆様こんばんは、今夜はアメリカ南部の1930年代を歌った名曲、「Song of the South」をご紹介したいと思います。1980年にBob McDill(ボブ・マクディル)により作詞作曲され、カントリーミュージシャンのBobby Bare(ボビー・ベア)が歌ったものが発表されて以降数多くのカバーが発表されていますが、今回は主に一番有名なサザンロックバンドAlabama(アラバマ)が1988年に発表したバージョンをご紹介したいと思います。
今回も著作権・翻訳権の都合で歌詞を掲載せず雰囲気や背景の解説になります。以下に張り付けた動画は、アラバマ公式のYoutubeチャンネルのものです。ミュージックビデオにイメージ映像が付いているので、こちらをご覧になってからお読みいただいてもいいと思います。
尚、このミュージックビデオの最初の部分は1930年代のニュース映像となっており、曲は24秒あたりからスタートします。
雰囲気
先ず全体的に落ち着きながらも少し明るい雰囲気です。特にイントロより続くヴァイオリンが特に明るい感じを出している感じがします。世界恐慌のころのアメリカ南部を舞台にした歌なので、最後を除く全編において貧しい苦労を描いた歌詞が続きますが、最後には新しい時代・新しい生活への転換が見られます。この明るい雰囲気は新しい時代への希望とみることもできると思います。
余談ですが、2:02から始まる田舎町の光景がとても気になったので、調べてみました。テネシー州テンペランスホール(Temperance Hall, TN)という小さなコミュニティで撮影されたようです。Google mapsのストリートビューで見てみると、まだ当時の面影が残ってますね。
南部の田舎町の昔の写真を見ると、こんな感じの小さなコミュニティから始まっていることが多いですね。個人的に、南部の田舎町三点セットは木造の木の教会、ストアのついた小さなガソリンスタンド、そして郵便局だと思っています。昔の写真や地図を見ると大体この3つはあるので。(Temperance Hallでは、郵便局は1908年まではあったみたいです。)
歴史的背景
世界恐慌とダストボウル
世界恐慌は、1929年に発生したアメリカの株価の大暴落に端を発し、金融システムの停止、やがては農作物や工業品の大幅な価格の下落が発生するなど、ビジネスマンから農家までどの層にも大きな影響のある出来事でした。歌に登場する一家は綿花農家であることが示されており、実は綿の価格は農業の機械化や綿の過剰供給が原因で1920年代初頭にすでに大暴落しており、綿花農家は世界恐慌前から貧しかったのではないかと思われます。実際に、歌の中でももともと貧しかったから世界恐慌でもあまり変わらなかったと言及されています。
また、1930年代にはダストボウルと呼ばれる大規模な干ばつが発生し、農業に深刻な影響があったほか、農地の砂漠化が原因で吹き荒れる砂嵐やそれによる健康被害が全米に大きな影を落としました。歌の中ではダストボウルに関する直接的な言及はありませんが、ミュージックビデオの冒頭部分はダストボウル当時と思われる映像が流れるので、これもまた歌の中の世界観に影響を与えた出来事の一つだと思われます。もしかすると、歌の後半で両親が病気になるのはこれが原因だったのかもしれません。
民主党とTVA
歌の中に登場するキーワードとして「Southern Democrat」(南部の民主党員)というものがあると思います。アメリカの政治に詳しい方は、「えっ、南部は共和党でしょう?南部はトランプ支持じゃないの?」と思われると思います。実は、1930年当時、南部は真っ青の民主党支持地域でした。南北戦争で南軍を指揮していたのも民主党、そして北軍を指揮していたエイブラハム・リンカーンはドナルド・トランプと同じ共和党でした。その後、共和党は1960年代から1970年代にかけて徐々に南部での支持を拡大していきました。実は、共和党に対する南部の支持が盤石のものになったのは、1980年代のロナルド・レーガン大統領ごろからではないかと推測されます。
また、もう一つ聞きなれない「TVA」という単語が気になった方もいらっしゃると思います。TVAは「Tennessee Valley Authority」という国有企業で、1933年に当時のフランクリン・ルーズベルト大統領が世界恐慌への対処として唱えた「ニューディール政策」のうちの一つでした。内容としては、公共事業を増やし、失業者を受け入れることによって経済を回そうというものでした。
TVAはテネシー川流域の地域開発を行うことを目的としており、多数のダムや火力発電所などを建設し、現在も公営の電力会社として残っています。
余談ですが、高校の歴史の先生がこのニューディール政策のあたりの授業の際に必ずこの「Song of the South」のミュージックビデオを流したため、強く印象に残っています。また、先日私のアパートに洗濯機を買った際、高校の頃からの友人に「I got a job at TVA」(TVAで仕事が決まった)とこの歌になぞらえて買ったばかりの洗濯機の写真とともにテキストメッセージを送ったのを覚えています。
その他ミュージックビデオ等から読み取れる内容
2:20では桃農家の映像が映っていますが、これに意味があるとするとおそらく桃で有名なジョージア州の映像なのかなと思います。また、2:26では1938年にテキサス州知事に立候補しているW. Lee O'Daniel(W.・リー・オダニエル)の映像が流れ、先述のとおり2:02で映る田舎町はテネシー州です。そのことを踏まえて考えると、この歌は文字通り南部の歌であり、特にどこがモデルというものはないのかもしれません。
唯一限定できるとすれば、一家が引っ越した後にTVAの仕事を始める一幕があります。TVAの開発が行われていた対象地域としてはテネシー州全州のほか、ミシシッピ・アラバマ・ジョージア州それぞれ北部の一部、ケンタッキー州とバージニア州のそれぞれ南部の一部のみとなっておりますので、そのあたりを含むどこかではないでしょうか。
この歌の原作者のボブ・マクディルはテキサス州ボーモント出身で、この町は石油の街として知られています。また、彼は世界恐慌終結後の1944年に生まれており、この歌は彼の直接的な経験によって書かれたものではないようです。色々調べてみたのですが、この歌のインスピレーションについての記録は発見できませんでした。
原作とカバー
Bobby Bare(ボビー・ベア)
「Song of the South」は先述の通りBob McDill(ボブ・マクディル)により作詞・作曲されており、一番最初は1980年にBobby Bare(ボビー・ベア)によりレコーディングされています。ベアのバージョンはフォーク色が強くピアノとアクースティックギターが強めで、しんみりとした印象を受けます。
Johnny Russell(ジョニー・ラッセル)
最初のレコーディングから翌年の1981年、ジョニー・ラッセルによるカバーが発表されました。エレキギターが入り、なんというかフォークのベア版とサザンロックのアラバマ版の中間みたいな感じですね。このバージョンは1981年にビルボードのカントリーミュージックのカテゴリで57位を記録しています。
Alabama(アラバマ)
最初にご紹介したアラバマ版ですが、こちらはアメリカ・カナダ両方の1988年のビルボードのカントリーミュージックのカテゴリで1位に輝いています。エレキギター、ドラム、ヴァイオリンが入り、他のバージョンよりカントリーロック色が強く出ています。
Bob McDill(ボブ・マクディル)によるセルフカバー
また、詳細は不明ですがYoutube上にマクディルによるセルフカバーらしき映像をみつけました。彼の他のビデオも確認しましたが、おそらく歌っているのは彼自身で間違いないと思います。ラッセル版を思わせるエレキギターの感じですが、彼の声の感じも相まってとてもさわやかな印象をえます。これもいいですねえ。
まとめ
今回ご紹介した「Song of the South」は、綿の価格下落・世界恐慌・ダストボウルとたたみかけるように襲い掛かる強い時代の逆風をうけ、TVAという救い船にのって新しい生活を始めるというなかなか力強い物語を描いた歌でした。当時のアメリカほどではないにしろ、コロナ・インフレ・相次ぎ降りかかる大規模災害の中で生きる私たちもある意味似たような時代の波を経験しているのではないでしょうか。アメリカの大統領選挙も終わり、また大きな時代の転換点にきているような気がします。原点に立ち返ってまた一からやり直す日がくることもあるかもしれません、そんなときはこの曲でも聞いて元気を出していただけたらいいな、と思います。
ご覧いただきありがとうございました。
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