喫茶店をめぐる冒険
以前、ゴールデンウィークに下田を訪れたとき、ある喫茶店に入った。そこは普通の喫茶店ではなくちょっと異様な空間で、江戸時代の帳簿のようなものとか、船で使っていたような羅針盤とか、そいういう「港町ロマン」をくすぐるような雑多なものが所狭しと並んでいた。店内も遮蔽物が多く、奥まった席に座るとおしゃれな個室居酒屋のような絶妙な密室感が心地よい。
この感覚をどこかで味わったことがある――と思いを巡らせて、それが「ヴィレッジヴァンガード」であることに気づいた。雑多で、どこか怪しげな物に満ちた空間と、そして何より、ひと目で全容を把握できない、という点がそっくりなのである。
それはたとえば、カテゴリと客の導線に従って整然と商品が並べられ、どこに何があるか一目瞭然のスーパーマーケットなどとは真逆の姿勢である。全体が常に「把握できない」という店作りは、次の展開が予測できない良質なサスペンスドラマと同じ効果を生み出す。そこには「この隠れているところに何があるのか」と想像する楽しみがあり、意外な展開に驚かされる喜びがあり、そんななかで目的のものを見つけ出した歓喜がある。
あるいはそれは近代と前近代の違いと考えてもいいかもしれない。すべてを客観的に把握し効率的に目的のものを獲得しようとしている近代がスーパーマーケットで、不可知を認めそこを手探りで進んで有利なものを獲得しようとするのが前近代がヴィレヴァンや例の喫茶店だ――僕は森見登美彦の小説を読むと、似たような気分にさせられる。