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実相寺昭雄監督のクラシック音楽


以下は、2020年の夏コミで寄稿する予定だった原稿である。

 1、冬木透「フルートとピアノのための協奏曲」

「ようこそウルトラセブン。私は君が来るのを待っていたのだ」
 あまりにも有名な、メトロン星人とモロボシ・ダンがちゃぶ台を挟んで会話するシーン。BGMは冬木透の「フルートとピアノのための協奏曲」である。

 この番組(再放送)を見たのは子供の頃だったが、この曲の印象があまりにも強かったためか、最終話でシューマンのピアノ協奏曲が使われていた、などということはすっかり忘れてしまっていた。特撮番組でこの「フルートとピアノのための協奏曲」はあまりにも異質で、だからこそ印象に残り、矛盾するようだが場面にとても合っている。
 最初、僕は何かクラシック音楽の曲ではないか、と思い、家にあったクラシック音楽のCDを全部聞いたが、それらしい曲はなかった。これがオリジナルの曲だったと知ったのは随分最近である。

 思えば私は、子供の頃からクラシックが好きだった。
 幼い頃、祖母がCDセットを買ったのである。私は休日になるとそれを祖母から借りて、自分の部屋で流していた。
 就職してからそのクラシックへの熱が再燃して、クラシックのCDをまた買うようになった。

 「フルートとピアノのための協奏曲」に話を戻すと、この曲は冬木透がウルトラセブンのために作ったオリジナル曲だ。しかし、冬木透はこの曲がある映画音楽をモチーフにしたものだ、とインタビューで答えている。

冬木「この曲は元々、「円盤が来た」で使う予定だったんです。あの話は「セブン」の最初の頃に、実相寺さんが「夜ごとの美女」というフランス映画を元ネタに考えていた一篇で、僕も学生の頃にこの映画は観ていたので、そのテーマから4小節だけ引用して書いておいたんです。ただ、「円盤が来た」は制作が後回しになったので、「狙われた街」で先に使うことになりました。

「実相寺昭雄研究読本」(洋泉社、2014)

 「夜ごとの美女」(1952、フランス映画)の音楽を作ったのは作曲家のジョルジュ・オーリック。翌年、「ローマの休日」の映画音楽も作曲している。
 この話を聞いて、私も「夜ごとの美女」のサウンドトラックか、テーマが収録されたCDはないかと探したが、残念ながら今のところ見当たらなかった。You Tubeにはメインテーマが上げられている。聞くと確かに「フルートとピアノのための協奏曲」そのままだ。私はこっちのほうが好みだな。この「夜毎の美女」の音楽の話、ご存知の方は情報ください。

 この「フルートとピアノのための協奏曲」だが、一番手に入りやすいのは日本コロムビアからでている「儚夢楽記(ろまんがくき)~冬木透×実相寺昭雄 ミュージック・ヒストリー~」というCDだ。実相寺昭雄と冬木透が組んだ作品の曲が収録されており、何かの抜粋などではなくちゃんと聞きたい方にはこちらのCDがおすすめである。
 そんなところで、この文では実相寺昭雄が作中で使ったクラシックについて書いてみたい。厳密に「誰の指揮でどこの楽団で何年の録音か」とまでは、余力がなかったので書いていないので、その点は悪しからずご了承いただきたい。

 2、モーツァルト「弦楽四重奏曲」


 さて、実相寺昭雄のクラシック音楽好きは有名で、「チェレスタは星のまたたき」(日本テレビ刊)というクラシック音楽に関するエッセイ集まで出しているほどであるが、1978年に作った資生堂の口紅のCM(薬師丸ひろ子出演)では、彼自身が大好きなモーツァルトを使っている。この映像は現在(2019年)でもyoutubeで見ることができる。使用されているのは、モーツァルトの弦楽四重奏曲。その中の第2番ニ長調(K155)より第一楽章(アレグロ)である。

 3分もある長いCMであるが飽きさせない。女の子(薬師丸ひろ子)は勉学に勤しみ、体育の授業(部活?)ではバレーボールをするごく普通の学生だが、ある偶然から恋に落ち、以前から憧れていた口紅を、背伸びをして初めて手に取る…という、セリフ無しだが非常に趣のある映像で、このモーツァルトの弦楽四重奏曲が、その映像に華を添えている。この作品は好評だったようで、カンヌ国際広告祭で金賞を受賞した。

 ちなみに記号の「K」であるが、モーツァルトの作品目録に使われる独特の記号である。もともとはドイツ人のルードヴィヒ・フォン・ケッヘル氏がモーツァルトの全作品目録を作成した際に振った番号で、「K」はケッヘルのKである。つまりこの「K」はモーツァルトの作品以外では使われない。ファンには常識であろうし、どうでもいいことだが以上蛇足でした。


 3、ソル「魔笛の主題による変奏曲」

 京都の古寺で仏像が次々と消えるという怪事件を描いた、「怪奇大作戦」の第25話「京都買います」。仏像を愛する女性・須藤美弥子(斎藤チヤ子)は、牧史郎(岸田森)の前でこう言ってのける。

 「誰も京都なんて愛してないって証拠なんです」
 「買ってしまいたいんです。仏像の美しさの分からない人たちから、京の都を」
 「仏像の良さの分かる人たちだけの都を作りたい」

怪奇大作戦 第25話「京都買います」

 この「京都買います」は、怪奇大作戦のファンで好きなエピソードを挙げた場合、上位にくる話のひとつだと思うが、この中で牧と美弥子のデートシーンで使われているのが、スペイン生まれの作曲家で、ギター奏者でもあったフェルナンド・ソルの「魔笛の主題による変奏曲」である。なんとも切ないメロディが、その後の流れを暗示させるような曲で、しみじみとしてしまう。ギターのクラシック曲というのは、タレガの「アルハンブラ宮殿の思い出」とか、ロドリーゴの「アランフェス交響曲」(特に第2楽章)とか、物悲しい曲が多いのだが、この「魔笛の主題による変奏曲」は、物悲しくもあり明るくもあるという(ちょっと形容しがたい)不思議な曲で、近年、ヱヴァの新劇場版で使用されて話題となった(私は未見)。

 この曲は様々な人が演奏しており、その速さも様々だ。Wikipedia情報で恐縮だが、「京都買います」で使われたのは、ジェイ・ベルリナー(バーリナー)が演奏したもの。「儚夢楽記(ろまんがくき)~冬木透×実相寺昭雄 ミュージック・ヒストリー~」にしっかり収録されている。
 …って、このCDの宣伝ばっかりしてるな。


 蛇足 シューマン「ピアノ協奏曲」


 実相寺昭雄監督作品ではないので完全な蛇足であるが、特撮とクラシック音楽というとどうしても外せない曲がある。冒頭でも述べたシューマンのピアノ協奏曲である。
 ウルトラセブンの第49話(最終回)「史上最大の侵略 後編」で、ダンがアンヌに自分がウルトラセブンだと告白するシーンで唐突に流れるのが、この曲の第一楽章である。ここで流れたのは、ルーマニアのピアニストで33歳という若さで夭折したディヌ・リパッティのピアノ、そしてクラシック音楽好きでなくとも名前はなんとなく知っているであろう、あのカラヤンの指揮のものである。告白シーンだけでなく、それからダンが変身し、双頭怪獣パンドンとの決戦に挑むまで、この曲がぶっ通しで流れる。パンドンとの格闘シーンでは、この曲の盛り上がる部分が使われる。この稿を書くために改めて見直したが、歳のせいもあってか泣いてしまった。しかしとんでもない演出である。


 4、マーラー「交響曲第2番 復活」


 1988年に公開された「帝都物語」。嶋田久作扮する加藤保憲が東京を大混乱に陥れるというエンターテイメント映画。

 「帝都物語」の予告編に使われているのが、ボヘミア出身の作曲家グスタフ・マーラーの「交響曲第2番」。日本では「復活」という名前で呼ばれることが多い。マーラーはこの他にも、交響曲第5番がルキノ・ヴィスコンティ監督の「ヴェニスに死す」で使われたり、第8番「千人の交響曲」がアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」で使われていたりと、ファンの多い作曲家である。

 「復活」の第一章は激しい弦楽器のトレモロから始まる、非常に緊張感あふれる不穏な出だしで、平和な帝都・東京に次々と異変が起きていく、という「帝都物語」にふさわしい。


 5、ベッリーニ「夢遊病の女」


 「人は、誰でも夢を見る…」
 「ウルトラマンティガ」の第40話「夢」は、こういう印象的なナレーションから始まる。
 「夢」は、失恋の痛手で不貞寝した男・生田の夢が怪獣バクゴンを生み、現実を破壊していくという、夢と現実が絡み合った物語だが、ここで効果的に使われているのがベッリーニのオペラ「夢遊病の女」である。何曲かが使われているのだが、有名なのはアリア(独唱)の「Ah non credea mirarti」(ああ、信じられないわ)であろうか。冒頭はピアノ、そして憂い気な歌声。「夢遊病の女」は結婚式をあげようとする女性と謎の幽霊の噂、そして故郷に帰ってきた男が巻き起こす騒動を描いたオペラだが、タイトルの「夢遊病の女」というのと「夢」のイメージがきっかりと付随していて、味わい深い効果を生み出している。

 面白いのは、生田が最後GUTSに捕縛される場面。高そうなオーディオ、数多のCDなど、生田がクラシックマニアなのが伺い知れる。生田の最後のセリフは「夢ぐらい、見させてくださいよ…せめて夢ぐらい…」であるが、最後に映るCDは「la sonnambula」(夢遊病の女)、「vincenzo bellini」(ヴィンチェンツォ・ベッリーニ)とある。なんという楽屋落ちか。


 6、終わりに


 以上、実相寺昭雄監督作品からクラシック音楽が使われた作品を抜き出してみた。
 特撮やアニメ作品でクラシック音楽が使われたのはいつ頃だったのかは、先行研究があるだろうし先人たちにおまかせするとして、実相寺昭雄の演出はかなり先駆的なものだったのではないだろうか。
 これを読んで、クラシックに興味を持ったり、実相寺昭雄に興味を持ってくれる方がいれば望外の喜びである、と最後に書いて筆を擱く。

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