シヴィル・アゼリア設定小説。
物心ついた時にはパールレーンで日々の飢えを凌いでいた。もちろん真っ当なやり方じゃない。あるときは可哀想な子供を演じ、あるときは浮ついた観光客の財布を盗んでやった。ウルダハとはそういう街だ。そして、大人でも他の種族の子供くらいの背丈しかないララフェルという体も街をよく知らない人間を相手取るのに一役買っていた。
彼女、「シヴィル・アゼリア」はそう育ってきた。シヴィルとは彼女が着ていた服に記されていた名前だ。文字が読めるようになってボロボロの服から読めた部分はそれだけだった。
自分を捨てたであろう親からもらったこの名前を彼女は宝物のように大切にしていた。
親を恨んでなどいなかった、
そして、恨めなかった。
これは自分が愛された唯一の証だと、ただ目の前に広がる貧困という絶望から目を逸らすにはそれしかないのだと、そう言い聞かせていた。
いつものように日銭を稼ぐためにサファイアアベニュー国際通りを物色していたとき、見慣れない一団に出会ったのである。
見た目こそ呪術士のなりだが、ウルダハの人ではなかった。これ幸いと慣れた手つきで財布を盗み出そうとしたときだった。そのうちの一人がこちらを見つめて離さない。
「あれは神に愛された子供じゃないか…?」
まるで落とし物が見つかったような表情でそう言い放ち、シヴィルの身なりを見るや否や、なんと嘆かわしきことやとその一団は彼女を囲み、シヴィルの保護を申し出たのである。
その時の彼女は、この生活から抜けられるかもと、その安堵から手を取ってしまったのだ。
彼らは「赤い目」をもつ一族であった。その赤は契約に必要で神に愛されているのだと、それを象徴する目は特に力があると。力と信仰心の誇示から自らを「赤い目」と名乗っていることをシヴィルは少し高揚した一団に説明を受けながら、東ザナラーンの偏属性クリスタルが密集する地域にある集落に連れていかれた。こんな危険な地域に人が集まるわけがなく、彼ら赤い目が潜むにはもってこいの場所であった。
「さぁ、シヴィル。ついたぞ。ここが新しい家だ。そして、今日からアゼリアの名前もあげよう。」
貧民街のテントと説明されても納得できるであろうテントの集落だったが、雨風を無銭でしのげるそこは、彼女にとってとてもこころ安らぐ場所に見えた。集落の少しだけ外れにある、小ぶりなテントに寝泊まりしてるヒューラン族の夫婦が彼女の引き取り手らしい。物腰が柔らかい少し年老いた二人だ。ひんやりとした床にすわらされ、あなたには長い道のりだっただろうと、暖かいスープを渡された。冷める間も無く飲み干し、糸が切れたように眠りに落ちた。
「ゆっくりしなさい。もうここはお前の場所だよ」
やさしい、けれど少しかなしい声を聞きながら、眠りに、落ちた。
次の日から一族としての生活が始まった。どうやら皆呪術を操って狩りなどを行なっているらしい。シヴィルもその修行をやらされた。しかし、どうにもうまくいかない。初歩的な魔法である火を操る魔法でさえ、通常1週間とかからないが、彼女は20日もかけて習得したのである。
一族の秘技である「召喚術」もシヴィルの手には遠く及ばないものであった。同時期に仲間に加わった者は既に様々な魔法を操れるようになっていたが、豪炎の一つも、そして一族にとって最も重要な「裂け目」も現れたことがない。皆熱心に教えてくれたが、ついには村には珍しい剣術を教わることになったのだった。
剣術を習い始めてからの上達は凄まじいもので、どうやら彼女にはそちらの才能の方があったようだ。瞬く間に師範を相手取り、村の前衛として働くことになったのである。
そこで過ごすようになってずいぶんと経った頃、夜分いつものように警備をしていると何やら子供の声が聞こえた。その日は一人の仕事だったが怯えきった声に焦りを感じ、その声に駆け寄った。
様子を伺うと大人たちが儀式の程をなしていた。いつもとは違うその様子に影から見守るだけしか出来なかった。
いよいよ儀式が始まり、「裂け目」が現れた。
「なんだ今日の贄はこれだけか?」
いつも皆が召喚しているものとは訳が違う、「それ」は本物だった。
「今回はこれだけです…最近ではかなり警戒が強くなりまして…次こそは」
言葉を続けようとした村人を「裂け目」からきた、ヴォイドからきた魔物は「喰らって」しまった。もう話は良い、と言う事だろう。静止されているのにもかかわらず、贄と呼ばれていたその子供と大人たちを喰らおうとしていた。
あまりにも突然。シヴィルには混乱の二文字しかなかった。
しかし彼女の体は地を蹴っていた。
勇猛にもその魔物の腕に斬りかかり、間一髪で子供を助ける。お礼を言われる暇もなく、「そいつ」を睨みあげる。
「お前新入りか?みた事ないやつだなぁ…誰だこいつの教育をしたやつはぁ…?」
反撃をしてこない「そいつ」に対して拍子抜けしてしまった。そして、大人たちも誰一人戦う様子を見せていない。
「あぁ?そうか。こいつに何も教えてないんだなぁ?ハッハッハ!俺様から教えてやるヨォ」
そいつは語り始めた。
この村がどういった村なのか。つまるところ、そいつの操り人形だったわけだ。その昔、召喚魔法の練習をしていた赤い目の人物が知らずにヴォイドクラックを開けてしまった。そしてそこから悲劇が始まったのだ。中心人物は洗脳され、そいつの「餌」を集めるようになった。効率よく餌を集めるために村は発展し、信仰を作るようになった。赤い目が攫われていたのは「好物」だったらしい。
実際、村の機能として使えないやつは餌になっていた。と。
激昂した。より一層剣を握りしめた。
そして、今にも飛びかかろうとした時、彼女は義母に止められていた。
「この子は!悪くないのです!何も伝えていなかった私が悪いのです!どうかどうかお許しをっ…!!」
「そうか、なら…」
もう次の瞬間には義母の腹は切り裂かれていた。返り血を浴びるシヴィル。髪飾りとして義母からもらった白いアゼリアが赤黒く染まっていく。
「シヴィル、悲しい顔はしないで…わ、たしが全部悪いのだから…貴方のおかあさんになれて…幸せだったわ…」
彼女は喰べられてしまった。腕を伸ばせば、剣を振り下ろせば届く距離で。
そこからの記憶は曖昧だった。気持ちを抑えるなんて出来なかった。我を忘れた彼女はそいつに立ち向かった。
飛び交う怒号、悲鳴。
戦いが激化するにつれ、そのどれも静かになっていく。彼女と笑顔で接してくれた人が倒れていく。実力差は歴然で到底太刀打ちできないものであったが、彼女は辛くも腕一本を奪い取り撤退に追い込むことができた。
が。
全てが亡くなってしまった。
燃え広がる草木と彼女一人を残して。
どのくらい叫び、そして、呆然としていただろう。朝日が登り始め、自分がどれだけボロボロになっているかを確認した。
見れば見るほど涙がこぼれ落ちる。仮初であっても彼女にとっての幸福は、家族は無くなってしまった。
ついに涙は枯れ果てたが、それでも貪欲に生きようとする体に呆れながら、何も残らない死に恐怖しながら壊滅した村を漁る。
皮肉にもパールレーンでの日々が役に立つ。
金目のものをかき集めると彼女はウルダハに足を向ける。パールレーンで物乞いし生き抜くためではない。枯れた涙の先に芽生えた強い意志と戦うための技術が心を支える。復讐のために、悲劇を生まないために剣を取ることを誓ったのだ。
今となれば、格上にもなるであろうその魔物に勝てたのは戦士の才能、いや、光の戦士としての才覚があったのだろう。光を背負う運命を歩み始めたことはまだ知らない。
後に騎士として目覚め、果ては世界を救う光の戦士となるまでは…