見出し画像

100年の孤独/放哉に想う〈Vol.16〉 うつろの心をもつ人は

うつろの心に眼が二つあいてゐる

尾崎放哉全句集より

とある駅構内で人型ロボットがインフォメーションの受付に立っていました。物珍しさに人の足は止まり、施設案内を利用している人たちがいました。50年前ならともかく、100年前には想像もつかない光景だと思います。世の中はいま、人手不足や出生率低下など、やせ細る日本社会の問題に対し、官民挙げて取り組みだしたところです。

「うつろ」を空ろとするか、虚ろにするかでニュアンスは違ってきますが、あとにくる助詞の「の」からすれば、やっぱり前者のほうが妥当であるように思います。
からっぽの心を感じさせるその眼とは、いったいどんな眼でしょうか。ルカの福音書(11 34‐36)のなかに、「体のともし火は目」であると言っています。内なる光は、人生の明暗を分けるというメッセージなのでしょうか。

うつろの心をもつ人は、いまの時代にもまだ、たくさんいるのではないかと感じています。



いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集