たった一時の朝が美しいものであったなら、眠りは安らかものになる。
燦々と輝く水面、誰もいない夕方の海辺、西陽が睫毛の隙間から溢れて目映い。 雨に濡れた葉の匂いが充満し暗がりに光差す朝の森、木々の合間にグレイの雲が透きとおる。 細胞が取り戻されていく感覚、息を吸って歪みが正しい型を取り戻す心地よさ。
どうして、春の終りも秋の終りも、冬の終りでさえもここまで胸を締めつけることはない。 夏の終りばかりがこんなにも淋しくさせる、置き去りにした記憶を淡く刺激する。景色の色彩や匂い、手を重ねた人の温度が何もかも鮮明で綺麗で哀しくなる。
緩やかに時は流れた。 差し伸ばしても届かない光が眩くて、遠くでゆらめている。 何度も瞬きをした。 滲む涙が瞼を濡らして、光が乱反射する。 自ら絶ったものも、いつの間にか掌から溢れおちたものもあったけれど、その白い胞子のような記憶を柔い布に包んで、海の底に沈めた。せめて傷つかない場所で、眠っていてほしいというエゴイスティックな感情を押し込めた。
祈りに似た思いを密やかに向けて、自己満足な慰めでしかないことはわかっている。自分すら正しく充たされるかはわからないけれど。 痛みばかりが鋭く刺してくるような幻はもう私を苦しめない。おとなになれば生き抜くために鈍く、世界を少しずつゆるせるようになった。私を覆うぬるい不透明な薄膜はうまく隠せているだろうか、子どもの頃をかなしみを、幼い感受性を。 あなたに触れて、はじめて心と身体はひとつになった。世界は私を幾千に引き裂いてばらばらにするものだったから、心を伴った場所で深い呼吸
ぜんぶ綺麗にしよう、 立つ鳥跡を濁さず。 でも何処へ? 何処へでも、気が遠くなるほど遠く。 けれど壊れた翅は脆くくずれて、 あなたの手元にこびりついた陰のように 鬱々と覗いている。
疾走感のある音楽がすき 風になれるから
私たち、大人になったね。傷を舐め合って生きていたあの頃はあまりにも幼くて、愚かで、美しかった。
芽生える微かな苦しみが、膨らんでふくふくと実を肥やす。何処からともなく現れる悲しみに包まれて身動きができない。感情の鈍化が著しく、恋しさも愛しさも幾層の膜に閉ざされる。どうにもならない。立ち止まる。蹲る。苦しみの実は甘く、卑しい香りを放つ。自己憐憫という一種の中毒症に罹患する。居るはずのない他者の代弁をしてしまう。遠くに行きたい、自らの心が身から離れる所まで。光のような速度で瞬きとともに消えたい。そんな夢想に浸りつづける。心ばかりが醜く膿んでいく。
大切な感情は言葉として浮かび沈みを行きつ戻りつしては霧消してしまう。今ここにある思いを、時間をつなぎとめるようなやさしい言葉があったなら、私は満ち足りない心をきちんと収めることができるのだろうか。 一人の短い旅行をしている。好きなアーティストが揃うライブが地元よりも離れていたので、泊りがけになった。月に一回ほどのペースでライブに出かける。生に音や歌声が身体に流れ込んでくる感覚が本当に好き。不思議な一体感と浮世離れした空間に心身を委ねる。似たような理由で映画館も美術館も好
祈っている。すべての人が暴力に苦しむことがないように、光の道を進めますように。自分を傷つけず、やさしく包まれるように。隣りにいる人を愛せますように。
いつも見るバスの車窓から覗く白木蓮が咲いている。
幾日、幾月をともに過ごしてきた人たちが各々の選んだ道へと歩みを進めます。そのつばさがどれだけ脆く、小さくとも、逞しく生きてほしい。 羽ばたいてゆく彼らに祝福がありますように。
お風呂でお酒をのむと、きらきらひかるの睦月が駄目だよって窘めてくるような気がする。ふわふわとした気持ちと罪悪感と焦燥と。読書は現実に色を重ねてくれる。
言葉がでてこないからといって、思想がないわけではない。沈黙が多くを語ることもある。
一人でいる、静かで、ささやかで、穏やかで、空しく、情けなく、地味で、退屈な、薄闇のような時間が、人と交わったときに光を放つのだと思う。