趣味のデータ分析032_ゆとりある暮らしのために⑤_ゆとりの半分は金で買えない
021~023で、実際の家計の黒字率=実際にゆとりがあるかと、「ゆとりを実際に感じているか」の間の関係を考察した。そして023では、「ゆとり感」、特に「ゆとりが悪くなった」という感覚の25%程度は、黒字率の変化(減少)で説明できる可能性があることを示した。
ただこれ、正確には「ゆとりがなくなったと感じる人の変化は、(二人以上世帯の)家計の平均黒字率の変化率との決定係数が0.25である」ということでしかないので、個人の感覚には踏み込めない。もちろん統計とデータが個人の感覚を代表することはないのだが、より多くの個人の感覚に寄り添おうとするならどうすればよいか。一つは、多くの人が納得感のある分析にハマるまで、説明できる仮説/説明変数をより多く提案することだ。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、というやつだ。
というわけで今回は、「ゆとり感」と相関がある他の変数を調べてみようと思う。予め言っておくと、各説明変数は全く独立ではないので、説明は多分にカブる。
ゆとり感は何に影響を受けそうか
とはいえこちらの手数にも限界はあるので、いくつか候補を絞りたい。日銀の調査では、「ゆとりがなくなった」と感じる具体的な理由についても下記の通り集計している。
足元では物価上昇が大きな要因としてあげられており、物価上昇率は、「ゆとりがなくなった感」と相関があることが伺われる。今も物価上昇して余裕がない余裕がないって言ってるし。あとは当然給与等の変化も重要であろう。次に、「給与が多少上がったところでそれ以上に社会保険料や税金が上がってゆとりはまったくない」という指摘を反映し、家計調査においてこういう支出を示す、「非消費支出」も候補に入れよう(消費税が反映されていない問題はある)。最後は失業率。日本の失業率は高くても5%とかなので、あくまで個人のゆとり感を聞いている各種アンケートにどこまで影響があるの変わらないが、世相の一端を示しているとはいえると思う。
なお実際のところ、給与も非消費支出も、事実上黒字率の構成要素なんだけど、パーツで見たらまた違う風景が見られるかもしれない。また相関は、原則それぞれの前年比変化率で計測する。ただし、失業率は、その年の失業率のみを用いる。
合わせて、使用するデータについても触れておく。物価上昇率については、とりあえず「総合」だけでやってみる。食料品とかのほうがわかりやすくインパクトありそうな気もするが、まあ食品価格は変動も激しいし。給与については色々データソースが多いのだが、非消費支出との並びで、家計調査の勤め先収入を使用する。
特に給与については賃金統計とか、ユニバースがもっと広いやつを使用したほうがいいかもしれないが、深掘りするなら別途賃金関係統計を整理してから、と思ってる。とりあえずは、黒字率の元データである家計調査と揃える方向でやろう。「世帯」の情報でやる価値はあると思うし。
失業率についても類似指標はあるが、今回は総務省「労働力統計」からデータを取った。
ゆとりのない世の中
さて、では一気に見てみよう。まずはゆとり感と物価上昇率の関係である。ゆとり感は上から順に、内閣府「国民生活意識調査」、博報堂「生活定点」、日銀「生活意識アンケート調査」で相関を取る。
ゆとり感と物価上昇率の関係は、国民生活意識調査以外は、決定係数がほぼゼロである。一方で、国民生活意識調査においては、悪化、良化の2つは強い相関がある(良化については0.5を超える)。
ただしこれは、物価が上昇するとゆとり感も上昇していることを示している。直感からは真逆の方向である。少なくとも裏に別の相関があると考えるべきだろう。
次は給与水準との相関を見よう。
全てで強い相関があり、かつ相関の方向性も直感に即したものである(「変わらない」が給与の伸びと正の相関があるというのは若干違和感もあるが)。というか、この並びだと、「変わらない」が「良化」より決定係数が高い、日銀の生活意識アンケート調査がむしろ違和感があるレベル。
三番目は非消費支出。
物価上昇率との関係と似た感じで、国民生活意識調査以外は、決定係数がほぼゼロである。また一部相関が見られるものも、「非消費支出が増えるとゆとり悪化が減る/ゆとり良化が増える」と方向性は逆。このへんも物価上昇率と同じである。
では最後に、失業率とゆとり指標の関係を見てみよう。なおこれまでの指標は前年比で出しているが、失業率についてはその年の絶対値で取っている。
今までで一番相関が強い。決定係数は最も低い日銀「生活意識アンケート調査」でも0.21、最も高い内閣府「国民生活意識調査」では0.5を超える水準、相関係数的には±0.7超である。十分高いといえるのではないか。
というわけで、以上4つの指標と各種ゆとり指標との相関を見てきた。黒字率との相関も合わせて整理すると、ゆとり指標との大きさの相関は、失業率(0.5~0.6)≧給与の伸び率(0.5弱)>黒字率(0.3弱)>>物価上昇率=非消費支出変化率(そもそも相関の方向が逆)となった。黒字率より給与の伸び率のほうが、ゆとり感との相関が強い、というのはやや不思議だが、給料増えて黒字率が減った≒贅沢をするようになった、とも考えられるので、直接のゆとりである黒字率より、給料増加のほうがゆとり感との相関が強いのは分からんでもない。
謎なのは失業率である。そもそもゆとり指標アンケートは、個人の生活について、去年比でゆとりが出たかどうかを問うたものである。よって、基本的には、①個人の給料が増える、②税支払等が減る…ことによる③黒字率の増加が、アンケート結果、つまりゆとりが出たかどうかに影響を与える、という推測から、今回相関を確認する指標を設定した。一方で、失業率はちょっと性質が違う。ちょっと長くなるが、説明しておく。
給料も黒字率も、その平均の上昇は、基本的には給料や黒字率が上昇した個人が多いことを意味すると考えられる。一方で、失業率の場合は、特に具体的な数字感を見る限り、そうではない。失業率はグラフで見るとおり、せいぜい2~6%程度の変化であり、アンケートの回答者中の失業者の割合も、せいぜい数%でしか変化していないはずだ。そしてこの程度の失業者の変化で、ゆとり有無のアンケート全体に影響を及ぼすとは考えにくい。100人中2人の失業者が6人になっても、それは「ゆとりが減った」という人が4人増える程度の変化でしかないはずなのだ。そして「ゆとりが減った」の回答率を見れば分かる通り、実際の「ゆとりが減った」動きはこんな数人の変動ではない、もっと激しいものだ。
結論的にいえば、失業率の上昇は、その実際の規模感に比して、ゆとり感との相関が強すぎるのだ。
まとめ
改めて、各種ゆとり指標と家計調査等の指標の相関を比べると、失業率(0.5~0.6)≧給与の伸び率(0.5弱)>黒字率(0.3弱)>>物価上昇率=非消費支出変化率(そもそも相関の方向が逆)となった。
黒字率はゆとり感の動きの25%を説明している、と023でも指摘したが、それとパラレルに表現すると、失業率はゆとり感の動きの50%以上を説明している。ゆとり感の過半は失業率によるものなのだ。そしてそれは、アンケートの方法や失業率の統計的性質を考えれば、あまりに大きすぎる。
その理由を考えてみると、一つは、失業率の裏に、なにか人々の「ゆとり感」を定義する真の変数が隠されている、というものだ。ただこれは結局、何の説明にもなっていない。その真の変数とは何なのか?ゆとり感が本来的には各世帯の家計の状況にしか依存しないとするなら、黒字率とかのほうがよほど適切な指標だし、そうでないにしても、病気や要介護の人が世帯に増えたとかのほうがまだましな変数である。マクロな失業状況がそんな強く影響する、という事自体が謎なのだ。
もう一つの説明は、ある意味021や022で提起した、「「家計にゆとりがないと感じる人が多い」ということは、「家計にゆとりがない人が多い」わけではない」という仮説と通じるものだ。つまり、自身の家計ではなく、失業率が高いという「世相」に「ゆとりのなさ」を感じている、ということだ。
正直個人的には、こちらのほうがしっくり来る。少なくとも、黒字率より失業率のほうが圧倒的に高い相関を示しているというのは、自分の家計以上の何かでゆとり感を判断しているというほうが合理的に感じられる。
黒字率のデータが「二人以上勤労世帯」のデータに限られていることを踏まえると、「真の黒字率」とゆとり指標はより良い相関を示す可能性も否定できない。黒字率の指標自体は、正直まだ検証できていない謎も多い。とはいえ暫定的な結果としては、今回の結論には満足している。
まとめよう。ゆとりがあるかは25%は金銭問題である。だが50%は「世相」の問題であり、それ自体は金では買えない。
補足・データの作り方など
ゆとり指標の作り方は023に述べた通り。
家計調査から作成した給料及び非消費支出だが、前者は勤め先給与、要するに普通の給料を使用している。勤め先給与以外の収入としては、事業収入(家賃、農林水産業所得等含む)、公的給付が含まれるが、水準的には勤め先給与が圧倒的である。後者は要するに社会保険料と直接税である。
物価上昇率は普通に総務省から取ったやつ、失業率は、今回は総務省の「労働力調査」から、全体の完全失業率を使ったが、一点、2011年のデータについては推計値を使用した。
2011年は東日本大震災の関係で、東北地方の失業率データが存在せず、よって全国の失業率データも存在しない。ただ割と最近の数字だし、ゆとり指標の方もちょこちょこ欠損があり失業率にも欠損があるとデータ数が結構減るので、2011年の全国の失業率は、東北地方以外の失業率、つまり東北地方以外の完全失業者数/東北地方以外の労働力人口で算出した。トレンド的に大きな乖離はないし、妙な数字にはなっていないと思う。
また先述の通り、失業率だけは、前年比(変化幅)ではなく、その年の失業率そのものを使用している。一応数字的には、失業率の前期からの変化幅とゆとり指標の相関も取ったのだが、失業率そのままのほうがはるかに相関が良かった。失業率が「世相」の代理変数なら、下手に加工した数字との相関より、そのままの数字のほうが当てはまりが良い、ということだろうか。
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