うっかりと、物語へと。
山奥に住んでいる。
が、さらに山の奥へと一時間近く車を走らせる。小雨が降ったりやんだりしながら、山奥に住む私ですら心配になるくらい奥へ。標高も高くなり、うっすら霧のかかる森の中に、古民家をカフェにした
「フクロウのいる森カフェ」はあった。
置物かと紛う、ジーッとこちらを見る大きなミミズク。その奥から、お店の方が出てくると、クルーッと首を真後ろに180度回転させる。自動的に、なめらかに、一定速度に、スムースに。さながら、機械仕掛けのからくり人形のよう。
本物だ。
お店の方に「どうぞ中へ」と迎えられ、板張りの室内へ入る。
物語に出てきそうな、いや、物語から出てきたような、博識そうなフクロウがテレビを観ていた。
「よく来たな」もしくは「何しに来た」と、低く落ち着いた声が聴こえてきそうだ。
「おじゃま、します。」
その隅でひっそりと、そっと小柄なフクロウ。お腹の白がふわふわで、おとなしそうに、控えめに、一度チラリとこちらを見とめた程度したあと、またウトウトしはじめる。
暖かいコーヒーをいれていただく。
フクロウには触れないこと、手を目の前に出さないこと、写真や動画の撮影はどうぞご自由に、とのこと。
フクロウは小さな子は15年ほど、大きな子は30年以上も生きるという。長寿だ。
彼らは足に足皮をつけ、リーシュで止まり木に繋がれている。とはいえ、じっと、めったにそこから飛びたったりすることはない。
時おり瞬きをしたり、毛繕いをしたり、する以外はウトウトと寝ている。
フクロウたちとの静かな時間。
写真を撮らせていただく。毛繕いの様子も、動画におさめさせていただく。
そう、彼らには敬語になってしまうのだ。物知りな長老、落ち着いた訳知り顔で、その真ん丸な瞳で見つめられれば容易く、私の考えていそうなことなど知れている、とでも言わんばかりに。
部屋の奥には、彼らの餌が収まっているであろう大きな冷凍庫が確かにある。
ウズラの肉だという。彼らは肉食なのだ。
この物静かな、博識のフクロウが、血肉を滴らせ小鳥の肉を食む。
ふぁっさ ふぁっさ
翼をはためかせながら、お店の方の革手袋につかまり、連れられてくる。
ふぁっさ ふぁっさ
翼を広げると鷹や鷲のように、大きな鳥なのだとわかる。夜の森を翔ぶ様を想像する。
煽られ風がふく。
帰り際「ご指名」の1羽を腕に乗せてもらう。
1番大きなユーラシアワシミミズク。
分厚い革手袋をした腕に乗せてもらう。
その丸い頭を
「どうぞ撫でてあげてください」
と言われ、恐る恐る、撫でる。
ふわふわだ。そして軽い。
一瞬にして、昔飼っていたインコや文鳥の、あの羽毛のふわふわツルツルを思い出す。
そうか、この子も鳥なのだ。
クルーッと180度、自動的にこちらを向く。
大きなつぶらな瞳。目が合う。
吸い込まれ、目を逸らすことができない。
撫でる手をカブッとされそうになり
「あ、ごめんなさい」と咄嗟にひっこめる。
無礼があったのかもしれない。
夫も、三女も、それぞれにオオフクロウ、メンフクロウを腕に乗せてもらい、そっと撫でふれあった。
静かな一時間だった。
森の中の古民家、フクロウたちがじっと、眠ったり起きたりをしている部屋で、眠いような見透かされたような居心地で、いた。
「ありがとうございました」
昼どきを少しすぎ、眠く、少し寒く。
なにか暖かくて、しっかりしたものを食べなくては、と思う。物語と現実の境目を、きっちりとつける必要があるのだから。
「騎士団長殺し」の屋根裏のみみずく、「ハリーポッター」のヘドウィグ、私の中のフクロウたちは物語と地続きであるがゆえに。