【短編】メゾンdivers ⅴ
小さく飛び散る滴に光が射て、
雲の隙間から金色の雨が降る。
水玉とソプラノに戯れながら、
美しくクルクルと踊るアンブレラ。
僕は、夢中でシャッターをきった。
息をとめて。
光の中に踊るアンブレラの、その、どの瞬間も撮り逃さないように。初めて見た。あんなにも、雨が綺麗で。パッと飛び跳ねる雨粒も、パシャッと弾ける水玉も、キラキラと光を八方へ撒き散らして。
どんな旋律が流れていたのか、僕は知らない。けれど彼女にはきっと、素敵なオクターブが流れ、その中を、ゆったりとしなやかに踊っていた。
トゥール・アン・レール。
フォンデュ。
気が付くと雨は止み、彼女は姿勢を一瞬スッと正したかと思うと、そのまま道へ歩いて行った。
僕は、思わず追いかけた。
だってまだ、僕はドキドキしていて、「夢みたい」で終わらせたくなくて。あんなにも夢中でシャッターをきったけれど、どれもちゃんと撮れている気がしなかった。
「あのっ!」
彼女は、すぐにくるっと振り返りはしたけれど、何も言わずにこちらを見ていた。
「あの、さっきの。さっきのダンス、素敵でした!それで、し、写真を撮らせていただいてて。勝手に、あの。」
彼女は、ただ僕をじっと見ていた。踊っていた彼女の面影を探し緊張がはしる。
「それで、あの、写真を。上手く撮れていたら、お渡ししたいな、と思いまして。もし、よろしければ、ですけど。」
と、慌てて名刺を差し出した。
すると彼女は、ようやく頬を緩ませて
「…カメラさん。お写真を。そうですか、ありがとうございます。」
とパッと明るい笑顔を見せてくれた。
あれが、僕たちの出会いだった。
アンブレラは、真面目で人見知りだったけれど、僕が写真を撮り、話しているうちに、
「あなたといると、だんだんと気持ちがほぐれていくの、不思議ね」
と、自然に笑うようになった。
踊る彼女も、普段の彼女も、パッと華やいだり、しっとりと艶めいたり、僕は彼女にどんどん夢中になった。
そうして僕たちは、付き合うようになった。
目が覚めると、彼女はすでに出勤していた。
「あなたはいつも、私を忘れるのね」
昨夜、食パンとビート板の部屋に寄ったあと、思ったよりも遅くなってしまって、彼女のご機嫌を損ねてしまった。
ツンとそっぽを向いた彼女を、僕は撮った。
「撮らないで。」
そういって顔を隠す彼女も、また撮った。
「僕は、どんな君も撮りたいんだ」
怒った顔も、困った顔も、ちょっと緩んだ顔も。
「ほら、こっち見て」 パシャ
「ねぇ、こっち見てよ」 パシャ
「ほら、笑って」 パシャ
とうとうニコッとした顔も。
パシャ パシャ
僕だけに見せる、その顔。
「もう撮らないで」
優しくレンズを外す。