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目には見えないけれど、確かにあるもの。

「私のこの辺に、女の子がいるよって言うの。
4歳か5歳かくらいの子って、その人、私のこの辺を見て言うの。」

のび放題の私の髪に、優しく櫛を入れながら、kaoriさんは鏡ごしにそんな話をしはじめた。
私は最初、kaoriさんが妊娠でもしたのか、と咄嗟にお腹を見てしまったのだけれど、どうやらそういう話ではないらしい。

「でね、その女の子の好きな色は赤色なんだって。クマのぬいぐるみと、キティーちゃんと、ショベルカーが好きだから、それを揃えてあげてって。」

有名な『エネルギー整体』なるものを受ける機会があって、知り合いに連れて行ってもらい、身体をみてもらううち、その先生に、目には見えない(先生には見えている)女の子の存在を知らされたのだという。

「それがね、ビックリなんだけど、私さ、今まで赤とか全然選んでこなかったのに、ここ最近、やけに赤を着たくなってね。手に取るものとか、気になるものとか、赤がかわいいなって思うようになってたの!」

赤色の好きな女の子…。
kaoriさんの周りに目を凝らしてみるものの、私にも女の子の姿かたちは見えない。でもきっといるんだろうな、と思うのは、kaoriさんがまるで小さな子を連れているような優しい眼差しで微笑んでいたから。そっか、いるんだね、ここに。

こんな話をしたら、あやしい…と言われそうな、そういうの信じない人には理解されないのかもしれないけれど、私はそういった「目に見えないけれど確かにあるもの」を信じているタイプだ。それは、kaoriさんも同じ。とはいえ、心霊の類は視えたことはない。

「その女の子が喜ぶことをすると、私自身も満たされるんだって。私が楽しそうにしていると、この子も喜ぶんだって。あなたは一人じゃないから大丈夫だよって言われてさぁ。」

私は鏡ごしに、kaoriさんの傍らで、はにかんで笑う女の子がいるように感じた。kaoriさんの生活は秋ごろに一変して、今は一人きりで暮らすようになったのを知っている。まるで人生をリセットしたような、そんな暮らしを聞いていたから、一人じゃないならよかったなぁってホッとした。

そういえば、以前SNSで仲良くしていた元看護師の彼女も「いろいろが視える整体の友達」のところへちょくちょく、マッサージと称したカウンセリングを受けにいっていたことを思い出した。

彼女は、黒猫がときどき遊びにきているよ、と言われたと嬉しそうに話していた。少年のような静かな子も、何か言いたそうだけど黙って部屋の入り口に立ってる、とも。

「私ね、柊さんとレオンが会いに来てくれてるんだなって思ったの。双子みたいに魂の近い存在って、会いに来たりすることできるんだって。」

そうだとしたら楽しいな、と思っていた。
何か言いたそうなのは、何を言いたかったんだろう、とは思ったけれど、彼女に会いたいとは本気で思っていたし、会いに行っていそうなくらい近しい間柄だと私も思っていたのだから。

そんな彼女とたくさん話すうち、やりとりを続けていくうちに、私は感じるようになったのだ。彼女の中にいる、小さな女の子の存在を。わがままで、ちょっと気難しいけれど、とても寂しがり屋な女の子。赤い長靴が好きで、白いフリフリのブラウスを着ていた。あの子みたいだな。

そんなことをぼんやり思い出しながら、kaoriさんに優しい手つきでシャンプーをされていた。

「篠島へ行こうと思ってね。その先生に、海が視えるって言われてさ。そういえば子供のころ、毎年家族で篠島へ海水浴へ行っててね。貝殻セットを買ってもらったのが嬉しかったなとか思い出して。だからね、久しぶりに篠島へ行って、この子と貝殻ひろいとかしてこようと思ってさ。」

「わぁ、いいね、それ。楽しそう。」

そう仰向けで答えながら、やっぱりなんとなく、あぁ!そうかぁ…と思った。

「ねぇ、その女の子ってさ。子供のころのkaoriさん、だったりするんじゃない?」

「ね、そうかも。私も思った。」

波打ち際で楽しそうに貝殻を拾う二人。kaoriさんと、小さな女の子。一つの大きな巻き貝に耳を寄せ合って、「聴こえる?」「聴こえない」と笑う、大きくなったkaoriさんと、幼いころのkaoriさんが目に浮かぶようだった。

「海、いいね!」

ブォーンとドライヤーに吹かれながら、波の音と海風を感じたような気がした。

kaoriさんのそばで、早くもワクワクしている女の子が目をキラキラさせているのがわかった。

「楽しみだね。」

と、私はkaoriさんと、そして女の子に、
順番に微笑みかけた。

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