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背中の貴方。
私の耳の、ちょっと上あたりから、低く、よく響く声で、「うん」とか「そうだね」とか「そうなの?」とか、穏やかな相づちが聴こえる。
その度に、喉仏が震えて、背中にある温かな体躯を感じて、ゆっくりと振り向きたくなる。きっと、振り向いたら、頬に口づけをしてしまうほど近く。私は、貴方にすっぽりと包まれて、私の小ささをわかって、甘やかな気持ちになる。
穏やかに相づちをうちながら、さりげなく動かした手が、私の小さな胸の先に触れて、それが貴方の仕業なのか、ただの偶然なのかを、ぽっと胸に灯をともしながら、クスクスと笑うおしゃべりに夢中なフリをしていた。
ほら、また。
私の笑い声に、ときめきが混じる。
すっぽりと包む貴方に、もう少し委ねたくなる。
貴方の大きさが、私を小さな子どもにさせる。
それは、その少しだけ触れるその手は、意図的?
聞けば「あぁごめん」と引っ込めてしまいそうで、私は身体の力をぬいて、言葉に甘さを混ぜていく。
低くよく響く声。
大きな温かな貴方を、
振り向いて抱きしめられたら。
もどかしく甘く、重低音なぬくもりを、背中に、耳の少し上あたり、私はいつも守られている。
肌に馴染むほど知っているのに、
貴方の顔を見ることはない。
触れるなら、ちゃんと触れてほしい。
大きな男の人に後ろから抱きしめられながらおしゃべりする夢を見た。声というよりもその振動や、温かさの感覚が残っていて、その感覚に心当たりがあって。
先日観に行った演劇で、開演に間に合わず真っ暗な中「第一幕だけここで」と案内された席の、隣が偶然、中学のときの2コ上の男の先輩で。一緒に応援団をして、とても優しくて、告白されたこともある(好きな人がいたから付き合わなかったけど)人で、今でも偶然ばったり会うこともあるけれど。真っ暗な中、背の高い彼が隣で上着を脱いだりして、ふわりと上体が寄ったり、偶然手が触れたりした時、「この人と付き合ってたらどうだったかな」とちょっとだけ妄想したりしたから。
変わらずに優しい笑顔と、「久しぶり」とよく響く低めの声を覚えてたのは、私だけの秘密。