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プロポーズ。


「ただいまー。」

スーツケースと紙袋をガサゴソと、リビングへ入っていくと、カレーの匂いがして、

「おかえりなさい。」
と、帆布エプロン姿のかおるくんが、キッチンでおたまをクルクルしていた。

「カレー?」
「はい、冷凍してあったので温め直しました。」
「いい匂い、お腹すいてるの。乗り継ぎで、お昼食べ損ねちゃったから。」
「そうだろうと思いました。」

キッチンでカレーを温めているかおるくんを、後ろからギューッとする。

「ただいま。」
「おかえりなさい。」

そのまま振り向いてギューッと抱きしめてくれるかおるくん。私のかおるくんだ。
やっと会えた。帰ってきた。
すーっと吸い込む。かおるくんを吸い込む。

「はぁ〜、帰ってきたぁ〜。」
「りょうこさん。」
「ん?」
「カレー、焦げちゃいますよ?」
「ふふ。カレー、食べよっか。」

                             
                           🍛🍛🥄

トマトやじゃがいもやキュウリは、近所のおじさんから。ふりかけとか料理塩とか佃煮とか、いろいろ入った紙袋は結構、重たかった。

「お父さんやお母さんはお元気でしたか?」
「うん、元気だったよ。お父さんは相変わらず、福ちゃんにデレデレだった。」

ほんの三泊四日の帰省だけれど、なんだか濃くて、かおるくんに話したいことがたくさんありすぎて、言葉が渋滞してしまう。

「ゆっくり聞きますから。」
と、ニコニコしているかおるくんに、それでも本当は、本当の本当に伝えたいことがあった。
今?うん、きっと、今。
顔を見たら、すぐに伝えようと、帰りの電車に揺られながら、ずっと思っていたのだから。

手羽元がホロホロに煮えて、スプーンだけで身がまさにホロホロとほぐれ、カレーと絡まって美味しい。かおるくんの得意料理、そして、私の一番好きなカレーを食べながら、話す。


「かおるくん、あのね。私、実家帰ってる間、いろいろ考えることがあってね。」

「はい…。」

同窓会で、結婚した子や、子どもがいる子、バツイチになった子もいて、30歳ってそういう年齢なんだ、と思ったこと。昔から勘のいい沙和ちゃんに、「好きな人と一緒にいるのが一番だよ」と言ってもらえたこと。父や母に、今度会ってほしい人がいると伝えたら、父も母も会いたがってくれていること。そして、あーちゃんとランチへ行った森カフェの店員さんのお二人が、とても素敵な雰囲気のお二人だったこと、をゆっくりと話した。

「それでね。今度、親に会ってみてほしいの。」

「りょうこさん。僕で…、良いんですか?
僕は、戸籍上は女性です。手術だってしていませんし、医師からの診断もありません。ただ、精神的には中性的な…ただの同性愛者で。仕事だって、今は何もしていませんし…。」

「かおるくんが、いいの。
私ね、このまま二人で一緒に暮らしていけれればそれでいいって、何となく思ってた。でもね、30になって、やっぱりちゃんとしなきゃって思ってね、いろいろ調べてみたの。日本では同性婚認められてないから、結婚はできないんだけど、パートナーシップ宣誓制度は受けられるから。生活費が大変なら、もう少し安いところへ引越してもいいし、かおるくんの仕事のことも、これから一緒に考えていけばいいと思ってる。

私、かおるくんと、

これからもずっと一緒に生きていきたい。」

「・・・・・・。」

「...かおるくん?」

かおるくんはスプーンを置いて、カレーのお皿に、ぽたぽたと涙を落としていた。


                         
                            🌙💫⭐︎

シングルベッドは狭くて、でもこうしてくっついて眠る夜を、僕は愛している。

僕は、僕たちがこのまま、ずっと一緒に暮らしていけるなんて、一番好きな人とずっと一緒に歳をとって生きていけるなんて、思ってなかった。そんな夢みたいなこと、現実では不可能だと、どこかでずっと諦めていた。
どれだけ愛し合っても、結婚できない相手とは、いつかは終わりがきて、そこには何の約束も証明もなくて。だから、りょうこさんもきっといつかは、誰かと「まともな結婚」をしていくんだろうと、そう思っていたから。

「これからもずっと一緒に生きていきたい。」

りょうこさんの言葉は、その意思と覚悟のこもった真剣なもので、それは「ここにいてもいいんだ」と、何よりも安らかで確かな信念だった。
誰かに必要とされること、助け合って生きていくこと、大好きなりょうこさんと、そんな未来があることが怖いくらい幸せに思えて、気がついたら涙が止まらなくなってしまっていた。

「素敵なカフェだったの。かおるくんみたいな店員さんとね、キッチンのお二人がとても息の会う感じで。私たちの未来も、あんな風になれたらなって、なりたいなって本当に思えたの。」

「僕はまだりょうこさんの考えてること、たまによくわからないことありますけど…。」

「まだまだ修行が足りないのね。私は、かおるくんの考えそうなこと、だいたい分かってるよ?」

「そうなんですか?」

そう聞き返すよりも早く、りょうこさんの唇が降ってくる。柔らかで甘い優しい唇。
僕の考えそうなこと、をそのまま二人で、布団がグチャグチャになるまでした。やっぱりりょうこさんにはお見通しみたいだ。



来月のカレンダーの日曜日、
赤いペンでハートに囲んだ日、僕はりょうこさんのご両親へご挨拶へいく。
もちろん、あーちゃんと、福ちゃんにも。

白いワイシャツと、グレーのパンツで。


「好きな人」とずっと一緒にいられるように。



                                                        了


#りょうこさんとかおるくん










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