お互いさま、ですね。
「りょうこさん、充電器入れました?」
「りょうこさん、メイクポーチは?」
「りょうこさん、何時の電車でしたっけ?」
「りょうこさ」
「かおるくん!もう、大丈夫だってば!」
りょうこさんは明日から、実家に帰省する。三泊四日、その間に中学の同窓会もあるのだという。
出張はたまにあるけれど、せいぜい一泊くらいのもので、こんなに家を空けることは、一緒に暮らしてから、初めてのことだ。
忘れ物の多いりょうこさんのことだから、とパッキングを手伝っていたのだけれど。
「かおるくん、心配なんでしょ?」
「はい、何か絶対、忘れ物している気がしてならないです。」
「ふぅーん。心配って、そっち...。」
とたんに、いろいろの手つきが雑になり、ドサッとか、バタッとか、物を放るように入れだすりょうこさん。機嫌を損ねてしまったらしい...。
ハァ...。
テーブルに置いた「同窓会のご案内」ハガキを、チラッと見る。同窓会...。
「...りょうこさん、りょうこさんって、中学の頃とかも、モテました?」
「ん?」
「あー...っと。やっぱりいいです。今のなしで。でもやっぱり、いやでも...何でもないです。」
「ハハッ!なにそれ。」
りょうこさんはパッキングの手をとめて、じっとこっちを見たと思ったら、テーブルのあのハガキを持って、僕の目の前に座る。
「かおるくん、コレ、気にしてるの?」
優しくゆっくりと覗き込むようにそう聞かれると、白状せざるを得ない気がした。
「はい...。あ、でも、久しぶりに会う人たちだろうし、りょうこさんにとっては、懐かしくて大事な時間だろうから、楽しんできて欲しいな、とは思ってますけど。りょうこさんはどんな子だったんだろうな、とか、僕の知らないりょうこさんがいたんだな、とか、りょうこさんはモテたんだろうな...とか、考え出したら止まらなくて。だんだん自分ウザいなとか、モヤモヤしちゃって...。」
「ふふふ。かおるくんはやっぱり優しいね。」
りょうこさんは、僕の頭をポンポンと撫でて、
「知らないからモヤモヤするんだよ。かおるくんと出会う前のことだもの。でも、私だって、私と出会う前のかおるくんのことは知らないんだよ?だから、お互いさま、でしょう?
私の中学の頃の話、たくさんしてあげる。
今夜は、寝かさな・い・よ?」
にぃーっと笑って、抱きつくりょうこさんは、本当に罪だ。大人なのか子供なのかわからない。
それでも不思議と、さっきまでのモヤモヤが晴れたような気がしていた。
りょうこさんは僕を、置いてけぼりにはしない。
🚃🚃𓈒𓂂𓏸
『今、実家に着いたよー!』
と、りょうこさんからメッセージが来たのは、僕が一人分のごはんに、一人分のワカメスープ、レンジがピーッピーッと鳴って、レトルトの八宝菜を取り出したところだった。
「あっつ!」
りょうこさんは、中学でもかなりモテていたみたいだ。同級生からも、後輩たちからも。二つ下の妹の「あーちゃん」ことあさみさんと二人、姉妹でモテていた話を布団の中で聞いていた。
最後まで聞く前に、堪えきれず唇を塞いだら、そのままそういうことになって、結局、「今夜は寝かさない」と言ったのは僕の方になってしまったのだけれど。
「ヤキモチって私、大好物!」
と言いながら、わしゃわしゃと僕の髪を掻き混ぜていたりょうこさんは、寝不足のまま、コロコロとスーツケースを引っ張って出かけていった。
『無事着いたんですね、よかった!』
ふぅーふぅーとしながら、メッセージを返す。
よく晴れて、窓を隔てた外はきっと溶けそうなほど暑い昼下がり。りょうこさんの地元も暑いだろうか、日焼け止め持ってっただろうか、日傘...。
ピコンッ!とまたメッセージが届く。
『見て!福ちゃん!デブデブになってる!』
香箱座りのトラネコがじっとこちらを見ている写真とともに。
そうだった、りょうこさんの実家には猫がいて、名前は福ちゃん、おっとりしていて「yogiboみたい」なんだとか。
『福ちゃん!かわいい!!』
それからも、洗い物をしたり、洗濯物を取り込んだり、図書館の本を開いたり閉じたりしながら、りょうこさんからメッセージが届いていた。
『見て!変な形のきゅうり』とか
『あーちゃんの変顔』とか
『もう呑んじゃいまーす』とかとか。
そして、とうとう、風呂上がりには、
『かおるくん、一人で眠れる?』
って。
心配してるのは、りょうこさんも同じみたいだ。
「お互いさま、でしょう?」と、昨日のりょうこさんの声が聞こえた気がした。
『りょうこさん、おやすみなさい。
夢で会いに行きます。』
三日...長いな。