鶴田謙二をよむ
鶴田謙二先生のマンガは『おもいでエマノン』のコミカライズがもっとも有名でしょうか。
イラストレーターとしても活躍していて、SF小説の表紙を多く手がけていますから、SF好きのあいだで認知度が高い作家ですね。
急遽『Spirit of Wander』の新装版が発売されることを知り、このタイミングで、鶴田謙二作品をこのさい一気に読もうと決意し、あわてて新作旧作、まとめて買った。
今日はマンガをざっと紹介したり、感想したり。
Spirit of Wander
『Spirit of Wander』は装丁こそ新しいですが、1986年に連載されて1997年に単行本になった、鶴田先生の初期の作品集になる。
新装版は大判になっていて、ファン向けの書籍という感じになっています。
全12話の短編が収められたオムニバスになっていて、そのいずれにも発明家のオヤジたち、その助手の青年がおり、そこに、はちゃめちゃに巻き込まれたり、呆れたりするヒロインがいるという構図。
ぼくはこの中だと『チャイナさんの憂鬱』がいちばん好きですね。
中華飯店を営むチャイナさんと、その2階に下宿する発明家のオヤジとその助手の青年。チャイナさんはいつも彼らの家賃を取り立てるのにいそがしく、発明家の二人は、使い物になるのかならないのか、妙な発明に血道を上げる。
チャイナさんは、そんな青年のことが好きだけど、当人は気づいていない。
本格SFっぽさもある作品なんですが、チャイナさんと青年が月に腰かけたり、それをくだいて地球をまわる土星のリングのようにして、プレゼントしたり、ロマンチックこのうえない。
本作はOVAも作られているようです。
おもいでエマノン
出世作はやはりこれなんだろうか。マンガ作品だと一番有名でしょう。
原作は『美亜へ贈る真珠』などの梶尾真治。
鶴田先生は、本作での梶尾真治先生とのコラボレーションがきっかけで、自身のヒロインの造形に多大な影響をうけることになる。
鶴田先生のマンガは、ただひたすら理想のヒロイン追求しているようで、似たようなヒロインを徐々に徐々に修正しながら、理想系に近づけていく。
『おもいでエマノン』は、失恋の痛みを癒すための旅で、フェリーに乗った青年が、フーテン娘の密航者と、その場だけの友人関係になり、彼女の不思議な生い立ちを聞かされるというもの。
フーテン娘は名前を名乗らず、NO NAMEの逆さつづりであるエマノンを名乗り、自分には生命が誕生して以来の、三十億年の記憶が継承されているという。
主人公の青年が実はSFファンで、エマノンのおもしろさというか、キュンなポイントは、SFファンの駄ボラみたいな話を、かわいいヒロインが真剣に聞いてくれるというところかも。
フェリーで船旅をするあいだだけの関係性というのも、ロマンスに満ちていて、ちょっと切ない。青春ものの読後感に近いかも。
鶴田作品入門の一冊ですね。
その後、続編が3冊マンガでていて、原作小説はもうちょっと多い。
中古屋にいってもマンガ版はありませんでした。アマゾンではちょっと高くて買えない。電子書籍がお手ごろ。
Forget-me-not
これはエマノン以前に描かれたマンガで、ヴェネチアで探偵をしている日系人の伊万里マリエルを主人公にした、探偵もの風の“紀行マンガ”だと勝手に思っています。
マリエルは代々探偵の家系である大富豪の娘で、祖父の死後、その遺産の相続人となる。しかし祖父から、遺言という名の“探偵依頼”を突きつけられ、「Forget me not」と呼ばれる絵画を探しだして見つけてくることができたとき、全ての遺産を渡すという条件をつけられてしまう。
なかなか魅力的な設定でおもしろそうですが、これがまったくミステリーにならない。
実際の中身は、マリエルというヒロインのぐうたらで自由奔放な日常と、ヴェネツィアという魅惑的な場所をすみかにする、憧れの生活を形にしたマンガだった。
まずヒロインのマリエルは、くりかえされる鶴田謙二ヒロインの特徴として、すぐに裸になる。服を脱ぎちらかす。
読者サービスかと思うがそうではないと思う。『Spirit of Wander』ではお色気シーンにすぎないものでしたが、『Forget-me-not』では、色気がほとんどなくなって、ヒロインが脱いでも別にエロくはない。恥ずかしがらないからだ。
そのかわり表現されているのは、自由と開放感です。
心理学者のフロイトは、子供ってすぐに服を脱ぎたがる、裸になりたがる欲求があるわな、とかぬかしていたのですが、脱衣は人間にとって根源的な欲求なのでしょう。
エンターテイメントが、そうした根源的な欲求を、疑似体験で満たす行為だとするなら、フィクションのなかで恋愛をしたり、殺人シーンに恐怖したりするように、マリエルの豪胆な脱衣が、われわれに涼ある風のごとき解放感と、非日常の空気を運んでくれるのでしょう。
これこそが脱衣エンタメである。
直近の新作3つ
ポム・プリゾニエール
楽園コミックを新たな拠点とし、新作を発表しているというのが、鶴田先生の現在のようです。
『ポム・プリゾニエール』では脱衣エンタメの度を加速させ、表紙の時点で裸じゃないか!というツッコミをまんまと読者から引き出すことに成功している。
三人の主役が存在して、ひとりは海にそびえる古塔をすみかに、ネコたちと戯れて生活する“女王”さま。
もうひとりは『Forget-me-not』の伊万里マリエルがまさかの再登場を果たしている。(『Forget〜』は1巻でとだえているので、これが実質の続編だ)
そしてそのマリエルの暮らすベネツィアで建築を学ぶ学生、朝比奈ナルミ。
この三人だ。
全員に愛猫がいて、このマンガの主な構成材料は“裸”と“ネコ”になる。
従来の裸にくわえ、ネコを効果的に対置することで、あたかも両者は同質の存在であると宣言しているかのようです。
裸のヒロインはネコのようにくつろぎ、野生味まで感じさせる。
それでも鶴田先生のマンガには、開放の清々しさが常にあるので、本作にはとても爽やかな印象をもつと思います。
モモ艦長の秘密基地
「1」ってあるけど2巻は果たして出るのか、不明です。
宇宙環境法により燃料ロケットが規制された世界。
オール電化の輸送貨物船、ブルーシャトーの艦長であるモモは、愛猫とともに、長い宇宙の旅の無聊を託っていた。
そんな彼女の目下の悩みは、どうやって電力をやりくりするかということだった。
本作はSFです。
本質は『ポム・プリゾニエール』と変わらないと思いますが、今作にはSFファンを楽しませるディティールが盛りこまれているのが特徴です。
アルファケンタウリの上司と連絡する際には、ちゃんと時差が設定されていて、30分会話が遅れる。
貨物船での旅はとにかく長く、孤独に耐えられる人間か、あるいは毎日同じ人間と顔を合わせることに耐えられる人間でければならない。
船内の扉に『DOOR INTO SUMMER』って書いてある。
などなど。
宇宙船はオール電化で、片道ギリギリの電力でぴったりに航行するのが、船乗りたちの美学らしい。
『冷たい方程式』にならないか不安でしたが、本作は宇宙サバイバルマンガではないようだ。
宇宙線の影響も心配だけど、モモ艦長は大丈夫なんだろうか。ミュータントにならないといいけど。
空は世界のひとつ屋根
オールカラーマンガ。現状最新作。
鶴田先生のカラー作画が全編にわたって堪能できるというマンガです。
マリアナ諸島の北端にある、グランパス島と呼ばれる島を舞台にしたマンガ。
グランパス島には、宇宙開発の名残りでできた、巨大な空港があり、たまにやってくる飛行機を相手にするだけの、スローで穏やかな空間。
神鳥葉せれっそ という風来のヌーディスト空港長が本作のヒロイン。
カラー作画はデジタルで行われ、水彩風のタッチが、モノクロのペン画より、清涼感と開放感をよりジューシーにする。
最後は力つきたのか、ペン画にもどる。
ほかにも『冒険エレキテ島』など代表作があるのですが、読んだことがない。
手元にあるのはこれだけだ。
おすすめは『おもいでエマノン』をまず読んで、絵が気に入ったら『ポム・プリゾニエール』です。
ふたつとも気に入ったら、もうどこに行ってもよろしい。りっぱな鶴田謙二ファンです。