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『鈴木敏夫とジブリ展』かれの本棚のはなし

この企画展、いちおう“ジブリ展”ではあるけど、ジブリの原画とかが展示されているような展覧会ではありません。
宮崎駿や高畑勲といったアニメ界の巨匠をプロデュースしたジブリの右腕、鈴木敏夫の企画展なのです。

ぼくの印象は『庵野秀明展』の感じに近かった。
その人の制作物を展示するのではなく、その人が影響を受けたもの、好きなものを並べて、人物像に迫ろうというコンセプトです。
しかし庵野監督と違って鈴木敏夫は、思春期に触れたコンテンツが特撮やアニメではなく、文学や映画だった。
だから『鈴木敏夫とジブリ展』は、本と映画の話になる。

ぼくはジブリ作品に明るくなく、なので鈴木敏夫さんについても初めて知ることが多い。
ジブリに入社する前は、慶應義塾大学で学生運動に加わっていたこともあり、中心に大人がいるとわかってやめてしまったそうですが、とにかくインテリ出身だった。

宮崎監督にしても高畑監督にしてもやはりそうで、ジブリの中心人物は教養高い人が多い。
鈴木敏夫の幼少期は『赤毛のアン』が愛読書で、これは後に高畑勲がテレビアニメを監督している。児童文学への造形の深さも、宮崎監督や高畑監督ばかりでなく、鈴木敏夫も共有していたに違いない。作り手とプロデューサーのすさまじいシナジーがあるのだろう。
ジブリの一連の作品が、突出した高い作家性を発揮できたのは、そのおかげかもしれない。

青年期には、さまざまな(かつ確かな)映画をみて影響をうける。
小津や黒澤、フェリー二やベルイマン。

さらにぼくの目にとまったのは、二冊の本。
ドナルド・リチー『映画のどこをどう読むか』アンドレ・バザン『映画とは何か』
どちらも優れた映画批評と名高い名著で、鈴木敏夫はこの二冊に感銘をうけて、前者からはキューブリック『バリー・リンドン』の隠された魅力を、後者からは『禁じられた遊び』が、世界で初めて子供を主人公にした映画であるという、鋭い批評に刺激をうける。

残念なことに『映画のどこをどう読むか』は値段が高くて買いにくい。
『映画とは何か』は文庫で手に入るが、肝心の『禁じられた遊び』の批評は、文庫版では割愛されていて、ぼくの手元では確認できなかった。

マンガにかんしては、60年代の劇画ブームとともにあり、ちばてつやの『あしたのジョー』や白土三平のマンガを読んですごす。
ほかにも寺山修司のアングラ演劇とか、当時の大学生の流行に影響をうける。

大学を卒業後は就職となるわけですが、ジブリはまだなく、鈴木敏夫は徳間書房で編集者となる。
そして『アニメージュ』という革新的な雑誌の中心人物となるのだ。

鈴木敏夫の念頭にあったのは、ヌーヴェルバーグを牽引したフランスの映画雑誌、カイエ・デ・シネマだった。
カイエはゴダールやトリュフォーといったフランスの若手監督たちの精神的支柱となり、映画界に革命をもたらした雑誌だ。

アニメージュにも、才能ある若手クリエイターたちの場となって、シーンを引っ張るような、影響力のある雑誌にする目論見があった。
ファッション誌のレイアウトを参考にして、本格的なヴィジュアル誌に仕立て上げ、表紙には俳優やアイドルのかわりに、アニメのキャラクターを載せる。

初めは『宇宙戦艦ヤマト』のアニメブームを追いかける形で特集を組んでいたが、やがてアニメージュで、これからヒットする作品を推そうということになった。
そうしてまだ人気に火がつく前の『機動戦士ガンダム』を特集し、ガンダムのヒットと同時にアニメージュの支持は絶大なものとなる。

このとき宮崎駿と高畑勲に知り合い、『風の谷のナウシカ』では部外者でありながら、実質プロデューサーとして働き、『天空の城ラピュタ』製作のさいに、スタジオジブリを立ち上げ、以後はずっと同社のプロデューサーとして皆が知る通りだ。

ぼくが展覧会でいちばん興奮したのは、展示室を一室つかって、鈴木敏夫の本棚を再現したスペースだ。
本好きは他人の本棚が気になってしかたない。とってものぞきたいという生き物。

写真を一枚でも撮ってくればよかったが、めんどうなので撮らなかった。少し後悔。
人もたくさんいて、通路はなかなか進めないくらいだったし。

一体どんな本がおかれているのかといえば、8800冊もあって、そのうちの106冊をホームページで公開している。

入り口の付近には世界文学全集がおかれていて、いきなり、でたー!と思いました。
幼いころに世界文学全集で〇〇を読んで感動してー。みたいな定番のやつだ。えらい人はみんなもってるやつだ。

ほかにも西洋美術の画集がシリーズでそろえてあって、どんな本を置いておけばかっこいい本棚になるのか、とても参考になる。

歴史や哲学の本、文学に映画論。
ビジネス書の類いはいっさいなかったように思う。
マンガもある。
手塚治虫の全集や、ちばてつや、劇画、ドラえもんに、ジョジョ、ワンピースがおいてある。

うーむなるほど。
このフロアをうろうろするのがいちばんたのしかった。
なんというか、これが真の教養だ。
本棚にはそのひとの人格が如実にあらわれる。

本と本にはつながりがあって、一冊だけで完結するものではない。
内容が響きあうこともあるし、おたがいに補完しあうこともある。本棚の配置にはその人の読書のマップが示されていて、世界や人間をどんなふうに見ているかが、手にとるようにわかる。
展覧会で見た本の配置は、決して五十音順とか出版社順とか、几帳面な配置をしておらず、本人の思うカテゴリーでくくられている。
それが重要なことだ。

なので思いがけず、すばらしい本棚に出会ってしまい、自分自身の本棚クリエイトと読書の地図づくりの参考になるという、そんな体験をした。
現在、岡山県立美術館で開催中なので、近くの人はぜひよってみてくださいな。

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