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マンガ体験記『藤子・F・不二雄SF短編コンプリート・ワークス』

F先生の提唱するSF(すこしふしぎ)は、ルーツをたどれば、ロバート・シェクリィやフレドリック・ブラウンといった欧米作家によるショートショートの作風にもとめられるのでしょう。

SF短編を読みはじめる前のぼくの印象は、短いページで奇想天外なアイデアを紹介するような、そんなマンガを想像していた。
しかしその思いとは裏腹に、アイデアを超えて、人間の本質をつく巧みな展開に目をみはった。いくつかの短編は、信じられないほどよくできていると思う。

すべての作品を紹介すると膨大なものになってしまうので、ぼくが個人的に感心した6つの作品を紹介します。


ミノタウロスの皿

いわずと知れた作品。SF短編のなかでは代表格ですね。

どういった話かというと、宇宙船の故障で、惑星イノックスに不時着した男が、ミノアという女性と知り合うが、彼女は「ウス」と呼ばれる家畜で、人牛の姿をした「ズン類」に食べられる運命にあり、男はなんとか彼女の助けだそうとするという話です。

食うものと食われるものが逆転した世界。
不条理な世界ながらも妙な理屈が通っていて、こちらの価値観をゆさぶってきます。
ミノアは、食べた人の感想が聞けるように、内臓を人工器官にとりかえられ、頭だけが意識を保つ状態にさせられる。そんな悪趣味ともいえる想像が露出していて、迫真のディティールに惹きつけられた短編。

ヒョンヒョロ

うさぎの着ぐるみの姿をした宇宙人が、男の子のもとにやってきて“ヒョンヒョロ”を渡さないと誘拐をするという妙な脅迫状を送りつけてくるという話で、犯人である宇宙人の指示のもと、身代金の受け渡しをするという、ヘンテコな状況になるが、“ヒョンヒョロ”がもらえないとわかった宇宙人が、ついに“誘拐”を実行をする。誘拐が一体なんなのかは、読んで確かめてほしい。

うさぎの着ぐるみみたいな宇宙人のとぼけたキャラが魅力的だ。

気楽に殺ろうよ

ある朝、めまいがしてたおれた男の世界がいっぺんし、食べることにかんする話題がタブーとなり、性にかんする話題があけっぴろげになるという、奇妙な常識の世界に迷いこむ。
殺人までも容認されていて、男は周囲の狂った世界に混乱するが、やがて自分のほうが狂っていたのだと説得されていく。

ブラックなオチも冴えていて、見事な完成度だった。

カンビュセスの籤

初読の感想としては、この『カンビュセスの籤』がいちばん好きです。

古代オリエント時代。ペルシャ軍の兵士が荒野を歩いていると、時空を超えて未来の世界にさまよいでてしまう。
そこにはコンピュータ管理された塔がぽつんと立っていて、行き倒れたところを未来人の女性に助けてもらう。
未来の人類は滅亡のふちにあり、地上にはいかなる生命も存在しない。最後の望みは宇宙文明が人類を発見し、救いの手をさしのべてくれるのを待つことだった。
そのために彼女たちは、ある方法で延命を講じる。

この話のインパクトは、生存の手段、そのアイデアが印象に残るかも知れないが、ぼくはむしろ、ありえそうもない望みに絶望的な時間をたくす、最後の人類の憐れさと切なさに心を動かされた。
古代オリエントと未来世界のダイナミックな接続も、すばらしい点ですね。

本シリーズは1から6巻がおもに青年誌むけの作品。7から10巻が少年誌むけになっている。以下は少年向けの短編から二つチョイス。

ひとりぼっちの宇宙戦争

これといった取り柄のない少年が、地球人と異星人の代理決闘の闘士に選ばれてしまい、地球の支配権をかけた決闘を、たったひとり戦うことになる。そしてあらわれた対戦相手は、自分そっくりのロボットだった。

先行するネタはフレドリック・ブラウンの『闘技場』です。未読なので比べることができませんが、なんて冴えたアイデアだろうか。

ある日、全地球の命運が自分の双肩にかかるという、壮大なロマン。
平凡な少年が重要な役割を担わされるというのがいいですね。
ロボットは少年と同等のスペックだが、殺人に躊躇がなく、人の姿をしたロボットを殺すことができない少年は絶体絶命となる。
しかし、人間にあってロボットにないものが、最大の武器となって、敵を見事にうち負かすのだ。

もうひとつ好きなマンガに、石ノ森章太郎先生の『サイボーグ009』あって、そのなかに、半人半機械のサイボーグ、005が自身のコピーロボットと対決するエピソードがあって、これもロボットと人間の差が勝負を分けるという話だ。

どちらも王道胸熱展開で、なんど読んでもすばらしい。

流血鬼

バルカン半島で発生した奇病により、地球上の人類が吸血鬼と化してしまった。
最後に生き残った二人の少年は、隠れ家にひそみ、吸血鬼たちに抵抗していたが、隠れ家がばれてしまい、吸血鬼たちの手に落ちてしまう。

リチャード・マシスンの『地球最後の男』(アイ・アム・レジェンド)が元ネタで、『流血鬼』ではリチャード・マチスンなる人物が病原菌を分離したとニュースで報道されている。

サバイバルものの緊迫感あるストーリーで、ネタバレは避けるが、ジャンルの逆手をとったオチがおもしろい。まさに逆転の発想だった。

コミックス情報

『藤子・F・不二雄SF短編コンプリートワークス』は既存の『藤子・F・不二雄大全集』の『SF異色短編』と『SF少年短編』新たにコミックス化したもので、おそらく新しい原稿などは追加されていないのでしょう。
巻末にはF先生のエッセイが収録されていて、これは文庫版にはない特典と思われる。
普及版と同時に、雑誌サイズの豪華愛蔵版がハードコアな藤子ファン向けに出ている。

ここで紹介したもの以外にも、おもしろい短編がいくつもあります。
F先生の短編をまとめて全て読める、贅沢でいいシリーズです。全人類におすすめです。

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